
リーダーが感謝を表明することで、組織はさまざまな恩恵が得られる。にもかかわらず、リーダーになって大きな権限を持つようになると、それを過小評価し、部下や同僚に感謝を示す機会が減少しがちだ。心の中でどれほど相手の貢献を評価し、感謝していたとしても、表現しなくては伝わらない。本稿では、リーダーが意図的に感謝を表現すべき理由を論じたうえで、組織に感謝のエコシステムを構築し、リーダー自身が模範となることで、組織やチームにその恩恵を循環させる方法を説く。
自分の仕事が正当に評価されていない――。そのように感じているのは、あなただけではない。
ある調査では、従業員の59%が、自分のことを「本当に評価してくれる」上司がいたことはこれまで一度もないと答えている。別の調査では、自分の仕事が評価されているといま以上に感じられれば、現在の会社にもっと長く留まる、と答えた人が53%に上った。
感謝を専門とするコンサルタントが存在すること自体が、問題の大きさを物語っている。多くの組織において、従業員が「自分は感謝されている」と感じられるように、もっとできること、そしてやるべきことがあるのは明白だ。
職場で感謝を示すと利益が得られるということは、多くの研究から明らかにされている。しかし、感謝の気持ちを表す傾向が強い従業員と弱い従業員に、それぞれどのような特徴があるのかは、あまり知られていない。
筆者らは最近発表した論文で、組織における権力と感謝の関係について検証した。権限があること(例:マネジャーやエグゼクティブの立場にあること)は、感謝の感情や表現に影響を与えるのか。もし影響を与えるとすれば、その理由は何か。
筆者らは、学術誌に掲載された過去40年以上の論文を対象に、それぞれの謝辞のセクションで表明されている感謝の量を測定した。すると、著者の地位が高い(例:助教授と正教授の比較)ほど、論文の中で感謝の意を表している人数が少なかった。
また、ウィキペディアの編集者1万2681人(ウィキペディアのコミュニティ内における正式な権限レベルはさまざまだ)の間でやり取りされたコメント13万6215件について、あるソフトウェアプログラムを用いて分析したところ、同様のパターンが見られた。すなわち、大きな権限を持つ「管理者」は、管理者ではない(したがって編集権限の小さい)編集者に比べて、感謝の表現が少なかったのだ。
そこで、権限の小さな人のほうが権限の大きな人よりも感謝を示す傾向が強いのは、彼らが何らかの恩恵を受けるためである、という可能性を検証するために、筆者らは、被験者の権限レベル以外のすべての条件を揃えて実験を行った。
具体的には、被験者を架空の組織の「権限の大きい上司」もしくは「権限の小さい部下」のいずれかに無作為に割り当て、それぞれの役割を演じながら一連のタスクを完遂してもらった。組織が所在する国内各地には「他の従業員」がいるという設定だ。そして、被験者はシミュレーションの過程で、自分の上司あるいは部下とされる人物から予想外の恩恵を受けることとした(実際には、研究者の一人が台本に沿って、その役を演じた)。
この予想外の恩恵を受けた後、被験者は、国内各地にいる他の従業員を装った研究者と、オンラインでチャットを行った。すると、前述した研究と同様、上司役となった被験者は、部下役の被験者に比べて、「他の被験者」とのチャットで感謝の気持ちを表現する機会が少なかった。また、自分が受けた恩恵に対する感謝のレベルも低かった。
別の実験では、なぜ権限の大きな人と小さな人では、感謝を表すレベルが違うのかを探った。その結果、権限の大きな人は「自分が何らかの恩恵や利益を得ることは当然の権利だ」という意識が強いことが、その違いを生む要因だと明らかになった。これに対して、権限の小さな人たちは、権限の大きな人との関係を強化する方法として、より多くの感謝を表明することがわかった。
全体として、筆者らの発見からは、組織の構成員が職場で大きな権限を振るうほど、それは当然の権利だという意識が強くなり、他者との関係構築に対する不安も小さくなることから、感謝の気持ちを抱いたり、それを表現したりする傾向が弱まることが示唆されている。
幸いなことに、リーダーは感謝の気持ちをより頻繁に表現する方法を学ぶことができる。また、リーダーが学習しない環境では、筆者らはあらゆる従業員、とりわけマネジャーから自分が過小評価されていると感じている従業員に対して「感謝の戦略」を実行するよう提案している。