岐部 いまから約20年前、国土交通省の幹部の方々とのディスカッションの中で、「建設会社には大手ゼネコン、中堅ゼネコン、地元建設会社があるけれど、違いは現場の数が多いか少ないかだけだ」と指摘されました。大手だろうと地元建設会社だろうと、マネジメントや仕事のやり方はほとんど変わらない。それが、規模の経済が働かない大きな要因です。
戸野本 実際の建設・土木の現場を見ると、デジタル技術を使って工事を行っている例もかなり増えています。しかし、それが必ずしも生産性の向上に結び付いていないことが、大きな課題といえるのではないでしょうか。
かつてのように国が成長し、公共工事が増え続けていた局面では、生産性に対する注目度はあまり高くありませんでしたが、今日のように財政が悪化の一途をたどり、国自体がインフラ投資のあり方を見直さなければならなくなっている時代においては、デジタル技術をいかに生産性向上に結び付けるかということが重要なテーマになっているといえます。
ただ、業界に先駆けて、政府には危機感が芽生えつつあるのかな、と感じています。2022年6月3日に岸田文雄総理が出席するPFI(民間資金を活用した社会資本整備)推進会議を開いて、向こう10年間でPPP(官民連携事業)/PFIの事業規模を30兆円にするという目標を決定しました。これは令和4(2022)年までの10年間で設定された21兆円という目標を大きく上回るものです。インフラの老朽化が進む中で、課題解決に民間の力をより活かしていこうという政府の基本方針がうかがえます。
岐部 その動きには我々も注目しています。対象領域としても従来からコンセッション(民間による公共施設の運営・管理)の活用が進んでいた空港などに加え、スタジアム・アリーナや交通ターミナルなどの新しい領域も示されています。非常に野心的なアクションプランを政府が出されたと見ています。
当社としては先行して実績を積み上げてきた領域もありますので、そこでのノウハウをアクセンチュアとのパートナーシップで磨き上げて、幅広く新たなプロジェクトに挑戦したいですね。
20年前から「脱請負」を訴え続けてきた理由
牧岡 そもそも、建設業界が伝統的に行ってきた「請負」では、稼げない時代になっているのだと思います。
岐部さんは20年以上も前から社内で「脱請負」を訴え続けてきたそうですが、かなり早い時期から、それを予見されていたわけですね。

アクセンチュア
専務執行役員
ビジネス コンサルティング本部 統括本部長 兼 ストラテジーグループ アジア太平洋・アフリカ・ラテンアメリカ・中東地区 統括本部長
Hiroshi Makioka東京大学工学部卒業。マサチューセッツ工科大学経営科学修士修了。丸紅、ベイン・アンド・カンパニーを経て、2014年にアクセンチュアに転職。 全社成長戦略、組織・人材戦略、M&A(合併・買収)戦略等の領域において幅広い業界のコンサルティングを行いながら、同社のビジネス コンサルティング部門を統括している。 監訳書に『サーキュラー・エコノミー:デジタル時代の成長戦略』(日本経済新聞出版社、2016年)がある。
岐部 私が前田建設工業の経営企画部に配属されたのは1998年ですが、バブル経済の崩壊から数年が経った頃で、公共工事は大幅に減少し、ゼネコン各社は熾烈な価格競争を繰り広げるようになっていました。
その結果、利益幅はどんどん薄くなり、この先も人口減少などの影響で建設需要が減り続けると、ますます稼げなくなるのではないかと強い危機感を抱きました。そんな時、欧州の複数の大手建設会社が「脱請負」に向けて新たな動きをしていることを知り、現地に赴くたびに彼らにインタビューしました。
当時、EU(欧州連合)の誕生によって域内市場が自由化され、新規加盟国の建設会社が安い人件費で建設を請け負うようになったことで、域内先進国であるドイツやフランスの建設会社が請負では稼げなくなっていました。請負の粗利は最大でも10%程度で、営業利益にするとその半分程度です。彼らには、このままではコモディティ化してしまうという切迫感がありました。これからの時代「何で稼ぐのか」を明確にする必要に迫られたのです。そこで、これらの国の建設会社は請負のみの事業モデルから脱却し、公共インフラのコンセッションに活路を見出そうとしていたのです。
この動きにヒントを得て、我々も「脱請負」に取り組むべきだと確信し、経営陣に粘り強く訴え続けました。
――いまでこそ、仙台空港や愛知県の有料道路、大阪市の工業用水道など数々のコンセッション事業で実績を上げていますが、当初は社内でかなりの抵抗もあったそうですね。
岐部 事業モデルとともに組織も大胆に変革することになるのですから、社内を説得するのは容易ではありませんでした。「辞めろ!」と言われたことも何度かあります。常に辞表を懐に忍ばせ、「辞めさせられるのなら、よその会社でやればいい」というくらいの開き直った気持ちで臨みました。
牧岡 当時の会長と社長が深い理解を示し、2011年の年頭に会社として「脱請負」宣言をするに至ったと聞いています。大胆な変革を成し遂げるには、新たなアイデアを受け入れ、後押ししてくれる経営者の鷹揚さ、懐の広さが求められるのではないでしょうか。

アクセンチュア
執行役員 オペレーションズ コンサルティング本部 統括本部長
Tokinao Tonomoto慶應義塾大学経済学部卒業、1992年アクセンチュア入社。主に製造・流通業で海外案件を含むコンサルティング、トランスフォーメーションプロジェクト(経営管理、SCM<サプライチェーンマネジメント>改革、PMI<合併後統合>など)に多数参画。建設、鉄道、消費財、流通など多業界にわたって、日本企業のグローバル化、海外拠点におけるコンサルティング、また海外企業の日本拠点におけるコンサルティングなど多数のプロジェクト経験がある。
岐部 その点は、非常に恵まれていたと思います。とはいえ、事業や組織を根底から変える提案をするためには、それなりの根拠がなければなりません。直感だけでは会社を説得できないし、自分自身も納得できないので、「これで辞めろと言われたら仕方がない」と思えるほど綿密な調査を行い、科学的な分析に基づく仮説を立てて説得しました。
戸野本 準大手の前田建設工業は、スーパーゼネコンに比べると、かねてからより厳しい経営環境に置かれてきたのではないかと思います。経営陣の方々も「このまま何もしないでいると、生き残れない」という危機感は持っていらっしゃったのではないでしょうか。
岐部 おっしゃる通りかもしれません。そこで大切になるのは、経営陣に変革を訴える側の腹のくくり方です。「脱請負」宣言をして以来、他の建設会社の人たちから「うちの会社もやるべきだと思うけれど、どうやったら経営陣を説得できるのか」という相談を受けました。私の答えは、経営陣に信念を届けられるかどうか。それに尽きます。
牧岡 しかし、現状では請負の生み出す利益のほうが大きく、従事している職員数も多いという状況だと思います。組織運営という点で、従来からの事業と新規事業のバランスをどのように取ろうと心掛けていますか。