岐部 さまざまなことを試みていますが、特に重視しているのは互いの事業が協力し合うことで成長するという実感を社員全体と共有していくことです。前田建設工業では連結の最終利益に社員のボーナスが連動しており、その計算式は社員であれば誰でも知ることができます。近年では再生可能エネルギー発電事業の売却などの形で脱請負事業が最終利益の増加に寄与しており、これが部門を超えた協力の果実として会社全体で実感できるようにしています。

 また、「脱請負」を担う部門については、積極的にインフラに関する業務知識やファイナンス、契約等の専門的な経験を持つ人材を社外から登用していますが、同時に社内の幅広い部門からも人材を集め、多様な人材が交わりながら新しい事業に挑む文化づくりに取り組んでいます。競合の一つである欧州の建設会社では請負と脱請負を完全に別の会社にしているケースが目立ちますが、我々はあくまでも交流を通じた融合の中から新しいモデルをつくることに挑戦したいと考えています。

公共施設利用者の「体験価値」を高め、リターンを向上させる

――前田建設工業は、道路施工大手の前田道路、クレーン大手の前田製作所と経営統合して、持ち株会社のインフロニアHDを設立しました。「脱請負」のコンセッション事業をはじめとする総合インフラサービスの推進に向けた体制変革だと思いますが、あらためて、どのような変革を進めようとしているのか教えてください。

岐部 まず、誤解のないように言っておきたいのですが、「脱請負」とは、請負をやめるということではなく、請負だけを目的とするビジネスモデルから脱却するということです。

「脱請負」とは、社会インフラの運営権を取得し、建設だけでなく、上流に当たる事業計画づくりから、下流に当たる運営、維持管理までを一気通貫に手掛けることです。請負と違って広く事業リスクを取ることになりますが、エンジニアリングや金融のノウハウを活用すれば、長期的なリターンを生み出すことが可能です。

 我々は、2004年に関連の特許を取り、建設工事の原価をお客様に開示するという取り組みを業界に先駆けて進めてきました。「脱請負」では異業種の複数のパートナーとの共同事業になることが多いですが、投資リターンと工事が利益相反にならないよう、当社が工事を行う場合でも、パートナーにはコストに関わる情報を徹底的に開示し、その妥当性や事業全体の利益への影響を共有できているのも、大きいと思います。

 これの象徴的な案件が、昨年(2021年)契約した、建設から運営、維持管理までを一貫してパートナーとともに取り組む愛知県の新体育館のコンセッション事業です。このプロジェクトは初期投資から30年間の営業収入を含め、1600億円程の事業規模を見込んでいます。

 持ち株会社制への移行を契機に、こうした取り組みをグループの総合力を結集する形で、さらに推進していきたいと考えています。

牧岡 従来のように公共セクターが社会インフラの企画・運営を行うと、財政の制約上、どうしても建設コストをはじめとする初期投資を抑えようとします。それが請負の利益を薄くする大きな要因となっているわけですが、建設会社が運営権を取得すれば、建設だけでなく、インフラのライフサイクル全体にわたるオペレーションから収益を得られます。

 インフラを長く維持するための技術を建設段階で投入できますし、そのための予算も建設会社の裁量でつけられるので、請負ほど利益が薄くなることはありません。岐部さんがおっしゃるように、事業リスクは取るけれど、より高いリターンが期待できるわけです。

 もう一つ、民間が社会インフラを運営するメリットとして、利用者の“顧客体験”を高められる点も挙げられます。

 公共セクターがつくるインフラは、どうしても必要最低限のものとなりがちですが、使う人たちにいかに“いい体験”をしてもらえるようにするかということが、インフラの価値とともに、リターンをますます向上させるのです。

戸野本 たとえば、インフロニアが今後進めていくアリーナ事業にしても、「顧客体験が利益にどうつながるのか」ということを意識しないで運営すると、利用客で混雑していても、レストランや物販の利用をスムーズにして顧客の不便を解消しようとか、その結果生まれた時間で、より満足度高く試合や音楽を楽しんでもらい、より多くの買い物をしてもらおうという発想にはなりません。

 最新のデジタル技術をうまく使えば、そうしたオペレーションを改善できるのですから、民間の知見やアイデアを積極的に活用すべきです。岐部さんは「多様な人材が交わりながら新しい事業に挑む文化づくり」とおっしゃいましたが、今後はこうした発想や経験を持つ人材の活用も、より必要になるのではないでしょうか。

インフラ運営で先端となる経営モデルを目指す

――インフロニアHDは、DXによる経営モデルやオペレーションの変革を加速させるために、2022年4月にアクセンチュアとパートナーシップを結びました。どのような効果を期待していますか。

岐部 建設・インフラ運営において最先端となる経営モデルを実現するために、アクセンチュアとパートナーシップを締結しました。

 コンセッション事業や建設事業のオペレーションをデジタル技術で変革するため、アクセンチュア独自の業務知見やオフィス業務の自動化ツール群を体系化したプラットフォームである「SynOps」(シノプス)を導入する予定です。すでに今年度の決算見通しでは、この取り組みを通じて16億円の営業利益の増益を見込んでいます。

 また、「データドリブン経営」を実現するため、アクセンチュアの支援の下で、グループ全体のDXを推進していく計画です。具体的には、請負においては土木や建築工事の原価や工程を見える化し、見積もりの精度向上や調達の合理化、逸失利益の洗い出しを行う取り組みを共同で進めています。

 加えて、脱請負においては日本の有料道路で初めて事業と資産を一元的に管理できるEAM(Enterprise Asset Management)システムをこの4月から実装し、管理工数の削減や修繕等の計画の精度向上という成果が表れ始めています。将来的には、我々が携わる日本中のインフラをAI(人工知能)なども活用して集中管理するオペレーションセンターを構築することなども検討しています。

 実は、新たな経営モデルの構築に向けて、アクセンチュアに世界中のインフラ運営会社のデータ利活用状況を調査してもらったのですが、データドリブン経営の実践という点では、各社とも道半ばであることがわかりました。であれば、我々が先陣を切って世界最先端のインフラ運営会社になろうと、大胆な投資に踏み切りました。

牧岡 個人データ利活用の分野は、GAFAや中国のテック企業などが世界を席巻しているので勝ち目はありませんし、産業データの分野も競争が激しい。ところが、インフラに関連するデータの利活用はまだまだ未開拓の領域で、日本にも勝機はあると見ています。

戸野本 欧州のインフラ運営会社でも、ドローンを使ったインフラの監視など、部分的なデータ利活用は進んでいますが、あらゆるデータを自動的に収集・統合して分析できるような環境を整えている会社は多くありません。この点が日本にとっても大きなチャンスだと思いますし、仕事の効率化や、サービス提供方法の改善、利用体験の向上など、いろいろな可能性があると考えます。アクセンチュアとしても、ぜひ一緒にこの市場でのグローバルプレーヤーとの競争に挑んでいきたいと思っています。

岐部 私は、今回のアクセンチュアとの協業を通じて、インフロニアグループだけでなく、業界全体の構造変革に資する経営モデルを確立したいと思っています。それがきっかけとなって、日本の「建設・インフラ」業界の国際競争力が高まることを期待しています。

*1: RICE 一般財団法人建設経済研究所 「2022 年 3 月期(2021 年度)主要建設会社決算分析」より
https://www.rice.or.jp/wp-content/uploads/2022/06/Kessan20220603.pdf

*2:国土交通省総合政策局 情報政策課建設経済統計調査室「令和3年(2021年)度 建設投資見通し 概要』より
https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001427867.pdf