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赤ちゃんを亡くすという悲しい出来事は、表立って語られることが少ない分、私たちが考えているより数多く起きている。流産や死産、あるいは医療上の理由から妊娠の継続を断念せざるをえない場合もある。赤ちゃんとの死別経験は感情的にも身体的にも過酷なだけでなく、周囲から「本当の死別」と認められず、みずからの悲嘆をひた隠しにすることも少なくない。職場復帰にもさまざまな負担が伴う。あなたは同僚として、深い悲しみの中にある社員の心痛自体を取り除くことはできなくても、職場復帰に伴う苦痛を和らげることはできる。本稿では、激しい喪失の経験をした同僚を支援するための5つの方法を紹介する。


 悲劇、傷心、茫然自失……。どのような言葉を用いても、赤ちゃんを亡くすというどうしようもない現実は、とうてい表現することができない。

 残念なことに、この想像を絶する悲しい出来事は、私たちが考えているよりも数多く起きている。米国だけでも、死産乳児の死によって赤ちゃんを亡くしている人は、年間約4万5000人に上る。自然流産によって望んでいた子どもを亡くす人も、何万人もいる。また、医療上の理由から妊娠の継続を断念するという、苦悩の決断をせざるをえない人もいる。

 赤ちゃんを亡くすというのは、間違いなく他に類のない過酷な経験だ。妊娠していた社員は、感情的な試練だけでなく、肉体的な苦痛も味わう。妊娠20週に満たない時期にお腹の子を失った場合でも、肉体が回復して元通りになるまでには、数週間から数カ月という長い期間を要する可能性があるのだ。

 しかも、赤ちゃんを亡くすことが「本当の死別」だと理解していない、もしくは認めようとしない人が少なからずいる。赤ちゃんとの死別は、いわゆる「公認されない悲嘆」だ。この言葉は、ニューロッシェ大学大学院の名誉教授で死別の問題に詳しいケネス・ドカによるもので、社会で認められておらず、弔われず、支援もされない死別体験による悲嘆を意味する。

 これは世界的に見られる現象だが、赤ちゃんを失って悲しんでいる親は、自分の経験について人前で語るべきでないと感じている場合が少なくない。自分には悲しむ資格がないと感じていることさえある。それは、隠された孤独な悲しみだ。

 筆者自身、生後わずか3日で娘のアーニャを亡くした経験があるのでよくわかるのだが、赤ちゃんとの死別は、二度と立ち上がれなくなるような経験だ。それは、心に大きな傷を残すトラウマであり、深い悲嘆をもたらす。アーニャを亡くした後は、胸が張り裂けそうで、方向感覚を失ったような、とても孤独な日々が続いた。

 この想像を絶する喪失の経験に伴う悲しみと、肉体的・感情的試練を味わう中では、社員が職場復帰して仕事を再開しようという気持ちを奮い起こすことを難しく感じるのも無理はない。仕事を再開するのは不可能に近いと感じる人もいるだろう。

 一方、同じ経験をしたことがない職場の上司や同僚は、当事者にどのような言葉をかけ、どのように接し、どのように助けの手を差し伸べるべきかがわからないことも多い。

 しかし、周囲の支援は、人間が悲嘆を乗り越えるために有効な手立ての一つだ。あなたが深い悲しみの中にある同僚にどう接するかによって、相手の職場復帰という経験や全般的なウェルビーイングに影響が及ぶ。

 筆者はこれまで、自分と同じように赤ちゃんとの死別を経験した数多くの親に会い、話を聞いてきた。誰しも、みずから望んで死別を経験したわけではない。本稿では子どもを失った親、そして自分自身の経験に基づき、激しい喪失の経験をした同僚を支援するために、あなた自身に何ができるかを紹介したい。