資金調達
垂直統合された閉鎖的な組織で、大規模かつ複雑性の高い課題を追求するための唯一の方法は、莫大な長期資本を調達することだ。そして、驚くべきことに、マスクはそうした資金を調達できている。
彼は所有する8つの会社を通じて、340億ドル以上を調達してきた。ニューラリンクによる調達額だけでも、アマゾン・ドットコムの3倍以上に達する。
こうしたマスクと投資家の関係こそが、彼の戦略を可能にしてきた中核的な要因だ。同時にこれは、再現性が極めて低い要素でもある。
ウォール街の大半のアナリストは、マスクと投資家の関係がどのように成り立っているのか合理的に説明できていない。CEOの多くも、市場がマスクに対し、自分たちにはけっして認められないであろう猶予を与えている様子をただ眺めているだけだ。
マスクはどんな手を使っているのか。彼の説得の手腕──そして、説得が失敗する場面──を理解するために、ここではアリストテレスの説得に関するフレームワークを取り上げよう。アリストテレスは人を説得するための要素として、エトス(信頼)、パトス(感情)、ロゴス(論理)の3つを挙げた。
エトス:エトスとは、話し手の権威や誠実さをアピールすること。マスクの2つ目のスタートアップ、X.com(のちにペイパルになった)の社員は新入社員に対して、「マスクは1300万ドルを用意している」と語ったものだ。
マスクは最初の会社を売却して得た財産の大半を投資しており、自分の会社に巨額を投じる姿勢を貫いてきた。スペースXへの最初の投資は、ペイパルの売却で得た1億7580万ドルのうちの1億ドル。資金が底をついて友人からの借金が必要になった2008年まで、彼はすべての個人資産をスペースXとテスラに投資し続けた。
パトス:パトスとは聞き手の感情に訴えかける情熱のこと。マスクは自身のビジネスを通して、インスピレーションを掻き立てる世界観を構築してきた。彼の伝記の著者アシュリー・バンスは、マスクを「誰も考えたことのない壮大な探求に挑む狂気の天才」と表現している。
マスクはそのショーマンシップのおかげで、型破りの能力を発揮して資金を集めている。彼のツイートには、何百万人もの個人投資家の興奮を掻き立てる力がある。あるアナリストは先日、人々の感情を揺さぶるマスクの能力について、「個人(投資家)は地獄の果てまでイーロンの後を追いかけるだろう」と語った。
ロゴス:ロゴスはロジック、または、少なくともロジックらしきものをアピールすること。ウォール街の批評家に言わせれば、この点がマスクの最大の弱点かもしれない。
マスクの手掛けるビジネスの多くは、明確なロジックを打ち出せていない。それは、彼の事業が予測不可能なアプローチによって最終的にソリューションや製品に至っていることから見てとれる。
たとえば、スペースXが当初目指したのは、火星初の植物栽培によって人々の宇宙への興味を掻き立てることである。具体的には、改造した温室をロシアのロケットに載せて、火星に打ち上げるという構想だった。航空宇宙業界で、マスクがこの計画を実現させられると考える人は誰一人いなかったが、彼のビジョンに魅了された技術者や投資家がスペースXに加わっていった。
この例は、マスクのアプローチの論理的な曖昧さを表している。彼は自身のロジックの一部を「マスタープラン」として明文化しているが、具体的にどのようにして成功に至るかに関する論理的根拠の大半は曖昧なままだ。
もっとも、これは必ずしも彼のミスや怠慢ではない。新技術、特に新たな市場を切り開くような技術を追求する場合、その技術ができること(とできないこと)に関するあらゆる可能性を予測できる人などいない。
マスクに投資する人々には未来を重視する傾向があり、彼らはマスクの権威や誠実さ、彼に対する自身の思い、そして未来への願望に主に突き動かされている。マスクにとっては幸いなことに、彼の会社が挑んでいるような課題を追求する際には、そうしたタイプの投資家こそが周りにいて欲しい存在だ。