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カイゼンといえば、トヨタ生産方式を起源とするボトムアップのイノベーションを実現する手法だ。筆者らは本稿で「デジタルカイゼン」の手法を紹介する。PwCなどが実施しているもので、現場の従業員がデジタルツールの開発者となり、アイデアを次々と試作していく取り組みだ。この手法を持続可能なものにするために不可欠な5つの要素も特定した。

デジタルカイゼンで生産性を高める

 従業員のアイデアや工夫は、世界中の企業で製品やプロセスの改善に役立っている。トヨタ生産方式を起源とする「カイゼン」は、現場の従業員から生まれたアイデアとその実行を通して業績向上を実現する取り組みだ。カイゼンの基本的な考え方は、現場での継続的な改良が、やがて生産性と品質の大幅な改善につながるというものだ。

 カイゼンは製造業で始まった取り組みだが、監査や広告、銀行などナレッジワークの分野でも有効であることが明らかになっている。従業員の革新的なアイデアは大きな価値を持つ。

 従業員は、どの業務に人間の関与が必要か、手作業で行っているルーチンワークのどの部分をどのように自動化すべきかを熟知している。また彼らは、ルーチンワークが自動化されれば、より興味深いナレッジワークに専念できるという点で、自動化の恩恵を享受できる立場にある。

 ナレッジワークの多くはすでにデジタル化されている。本稿で紹介する「デジタルカイゼン」のアプローチは、知識集約型企業が現場の従業員の経験と洞察を効果的に活用し、ナレッジワークの自動化を実現し、実際に機能させるものである。

 ここでは、会計事務所大手のPwCをはじめとする企業がデジタルカイゼンを取り入れ、多大な時間を要するプロセスの効果的な自動化を加速させた手法を見ていこう。

従業員エンゲージメントを創出する

 イノベーションに関するこれまでの研究は、現場の優れたアイデアが保留になったり、筋の悪いアイデアが提案されたりする状況を明らかにしてきた。また、部門をまたいで情報共有を行うための「翻訳」の過程や、組織の階層、サイロ化を経るうちにアイデアがどこかに消え去ってしまう事例もある。

 従業員が自分のアイデアに対する評価や選定基準が透明だと感じているケースはめったにない。低い評価を受けた、あるいは却下された理由が明確でない場合も多い。

 しかも、現場の従業員はビジネスの状況や機会の変化を最も察知しやすい立場にありながら、(組織の最下層に位置しているために)企業に最も意見を聞き入れてもらえない存在だ。つまり、プロセスのデジタル化がすでに行われていたとしても、カイゼンに向けた従業員エンゲージメントを得るのは困難なのだ。

 デジタルカイゼンのアプローチでは、現場の従業員がアイデアを提出できる社内プラットフォーム(社内版「アップストア」のようなもの)を構築し、ノーコードまたはローコードのツールキットを彼らに提供する。このツールキットを使いながら彼らがアイデアを直接、実用プロトタイプに落とし込み、順次試しながら改善していく。

 たとえば、会計事務所のPwCでは、現場の監査役がそのようなプラットフォームを活用している。彼らはソースドキュメントからデータを自動的に読み取り、基本的なアルゴリズムを適用したうえで、処理した情報を別のターゲットドキュメントやアプリケーションに書き込む「コピー&ペースト」アルゴリズムを多数開発した。

 PwCではこれまでに、シチズンデベロッパー(プラットフォームの貢献者)の手によって7000以上の自動化機能がデジタルカイゼン・プラットフォーム上で作成された。米国支社だけでも、パートナーとスタッフの95%以上(約5万5000人)がこのプラットフォーム上で活動している。