モデル化する
筆者らの研究では、組織は特定のイノベーションスタイルを持つ人々にインセンティブを与え、そうした人々を登用する傾向があることが明らかになっている。たとえば、サービスや製品の市場投入が必要な場合、組織はインプリメンターを採用し、実行につながる行動にインセンティブを与える。製品改良が必要な組織はオプティマイザーを採用し、最適化の行動にインセンティブを与えるといった具合だ。
とはいえ、イノベーションプロセスでは、4つのイノベーションスタイルすべてが必要である。さもなくば、組織は、ある分野でイノベーションを成功させることができても、別の分野では失敗する、というリスクを負うことになる。
したがって、シニアリーダーには、その時々に応じて必要とされるスタイルの重要性を、トップダウンで組織全体に示すという課題がある。そして、それは機会でもある。
イノベーションスタイルは固定された性格特性ではなく、認知状態であり、訓練によって学習することができる。実際、イノベーションプロセスの流れの中では、特定のリーダーシップスタイルは、必要に応じて変化する能力よりも重要ではない場合がある。
ここで、イーロン・マスクがスペースXとテスラで果たしている役割について考えてみたい。
スペースXにおいて、マスクは主にジェネレーターとしてのスタイルを示してきた。ロケットがどのように機能するか、そしてなぜ機能しないかを調べるために、彼がロケットを爆破することはよく知られている。マスクは、ロケットの爆破を「予期せぬ急速な解体」(RUD:Rapid Unscheduled Disassembles)と呼び、標準的な活動としているほどだ。ジェネレーターとしての行動の重要性を、みずからモデル化することで、マスクはスペースXのチームにも同じように行動することを奨励し、認めている。
ただし、どのイノベーションスタイルがミッションクリティカルであるかは、時間の経過とともに変化する。
マスクが経営するもう一つの会社、テスラが今日の課題としているイノベーションは、いかにして大量生産するか、だ。このイノベーションには、最適化の考え方が必要となる。したがって、マスクはテスラではオプティマイザーとしてのスタイルを発揮しており、「モデル3」の生産が予定より大幅に遅れた時には、工場で寝泊まりして、生産体制を直接監督していることを公言した。
筆者らの調査のサンプルの中には、イノベーションプロセスにおいて、並外れた変化する能力を発揮し、組織のパフォーマンスを大幅に向上させたリーダーもいる。
たとえば、航空管制官と同様に、多くの消防士は実行に向けて熱心に行動する。彼らは日々の問題解決活動において、人命救助や危険な状況の解決に向け、迅速な行動が必要とされる状況に直面している。
しかし、筆者らが調査したある消防署では、新任の署長と副署長が、自分たちの考えは古く、将来に対するビジョンや戦略が欠けていると感じていた。職員は主にインプルメンターであり、新しい戦略を立てるという、コンセプチュアライザーが担う傾向のある業務に苦戦していたからだ。しかし、新任の署長による行動のモデル化を通じて、チームは「一流の消防署になる」というビジョンを確立した。
まず、新署長が実態調査のためのアンケートを作成し、職員に配布することから始めた(ジェネレーターの行動のモデル化)。そして、2日間のワークショップを開催し、署長と副署長は職員とともに、6つの行動の柱を中心に据えた長期ビジョンを策定した(概念化と最適化のモデル化)。そのうえで、各自の行動を推進するための委員会を設置した(実行のモデル化)。
これらの行動を循環させることで、新署長は職員とともに、このプロセスを組織的に進め、全員が納得する戦略をつくり上げることができた。結果、その消防署では人員を増やすために資金を調整し、危険物処理や医療対応をはじめとするコアコンピテンシーを持つ人材に報奨を与え、支援するデュアルキャリアシステムを導入した。これにより、他の消防署よりも高い熟練度を築き、同業者から評価されるようになった。