報酬を与える
従業員は仕事を適切に行うことで報酬を得るため、職務の範囲外の問題を必死に避けようとする傾向がある。つまり、新たな問題、特に複雑でより多くの作業が必要な問題や、他部門との協働が不可欠な問題を避けようとする、ということだ。
このような行動は非常に広く行われており、問題発見を「役割を超えた行動」、つまり個人が職務の境界を越えることが必要とされる行動だと見なす研究者もいるほどだ。
筆者らのフィールド調査は、この制限に対する明確なソリューションがあることを示唆している。企業は、従業員に対して問題発見をする自由を与えるだけでなく、その行動に対する報酬を与えることで、問題発見を魅力的なものにしなくてはならない。
『ウォールストリート・ジャーナル』は2020年、3Mの「15%ルール」を「米国のビジネス界で最も過小評価されているイノベーション戦略」と称した。これは、従業員が業務時間の15%を自分の好きなプロジェクトに費やすことを奨励する取り組みだ。さらに3Mでは、権限を委譲し、ある程度のミスを許容することを奨励し、各部門の収益の少なくとも30%を過去4年間に発売された製品から得られるようにすることで、問題発見を従業員一人ひとりの職務として位置づけている。
このように一定レベルの自由を従業員に与えることで、3Mは問題発見に対して、さまざまな形で明確な報酬を与えている。
また、同社の「デュアルラダー」と呼ばれる昇進制度では、従業員はキャリアアップをするうえで、研究職に進むか、管理職に進むか、どちらかを選ぶことができる。給与や福利厚生に違いはない。これにより従業員は、自分の能力を最も有益に使える仕事に従事するようになり、優秀な研究者を科学の世界から引き離すことになる阻害要因を取り除くことができる。そして、優秀な研究者が「悪いマネジャー」になることも回避できる。
同社の「カールトン・ソサエティ・アワード」は、業界を根本から大きく変えた従業員を表彰するものだ。「3Mのノーベル賞」とも呼ばれる権威ある賞だが、重要なのは、多くの企業で行われているように、経営陣が候補者を推薦するのではなく、同僚の手によってノミネートされることだ。
筆者らの研究では、問題発見は非常に稀有であることがわかっている。そのため、すべての企業に対して、従業員が問題発見に関与することを奨励する、インセンティブの設置を推奨している。
筆者らの研究からもう一つ、航空業界向けの大手エンジニアリング会社の例を挙げよう。この会社では、新製品や成長市場の発見に苦戦していた。
同社では、イノベーションプロセスを理解するためのトレーニングセッションを行っていたが、従業員の大多数がインプリメンターであり、ジェネレーターは誰一人いないことが判明した。このことは、短期的な問題や課題を解決するために行動することを称賛する社是「We're on It」(「ただちに取りかかる」の意)にも反映されていた。
このような状況を改善するために、同社では、新製品や新市場に向けたアイデアを生み出すことを奨励する、まったく新しい報酬制度を導入した。それまでは、事業部門が独自に予算を組んでいたが、この制度では、該当するプロジェクト100%に本社が資金を提供することになった。