
アンビバレンスが
意思決定にもたらす影響
パンデミック、経済の不確実性、そして最近のレイオフの影響で、多くの人々がキャリアの、ひいてはアイデンティティの転換点に立たされている。つまり、人生の「分かれ道」に立ち、「これからどうするのか」と自問する瞬間でもある。自分がどこへ向かい、次に何をするのか、どのような人間になるのかを決めなければならない。
キャリアの転換点とは、変化や移行が起こるタイミングであり、ポジティブな感情とネガティブな感情が共存するアンビバレントな感情を掻き立てられることも多い。そうしたタイミングでは、個人としての「自己」とプロフェッショナルとしての「自己」の両方が前面に押し出されることになる。そのため、2つの自己の間と、相容れない目標同士の対立が表面化し、アンビバレンスが高まることが多くの研究を通して明らかになりつつある。
アンビバレンスは、何らかの不快感を伴うことがあり、しばしば身を引き裂かれて葛藤するような複雑な感情を呼び起こす。しかし、特に問題が複雑な場合には、意思決定にプラスに働くことがある。アンビバレンスのおかげで、創造性が高まり、助言を求め、求職活動に励み、さらには失敗する可能性のある行動を減らせることが研究によって示されている。
筆者らがキャリアとアイデンティティ、アンビバレンスについて行ってきた研究や、他の研究者の知見を通して、キャリアの転換点でアンビバレンスをうまく利用すれば、よりオーセンティックで充実したキャリア構築につながることが明らかになった。本稿では、アンビバレンスの効果、および自身のアンビバレンスを前向きに活用するコツを紹介する。
身を引き裂かれるように感じる理由
昇進や失業といった突然の外的要因が引き金になったにせよ、ストレスが徐々に強まって限界に達したにせよ、キャリアの転換点は、あらためてキャリアについて考えるチャンスだ。しかし、それ以上に、自分自身を見つめ直す機会でもある。
そのような時は、次のように自問してみよう。自分は何を大切にし、何を優先させるのか。いまの自分はどのような人間か。そして、どのような人間になりたいのか。
このような質問に答える過程で、人は自分自身の「アイデンティティの複雑さ」と向き合わざるをえなくなる。つまり、複数の社会的・職業的役割を担い、さまざまな社会集団に属し、いくつもの特徴的な個人的属性や関心を有していることから生じる、複数の重要な自己認識やアイデンティティとの対峙が必要になる。
アイデンティティの複雑さとアンビバレンスに関する研究が始まったのは最近のことだが、その研究結果は、アイデンティティの複雑さがアンビバレンスを増幅させる可能性があることを示唆している。これは、アイデンティティごとの「自分」がそれぞれ、互いに矛盾する独自の目標を有しており、その結果として、アンビバレントな感情を生み出すためだ。
複雑なアイデンティティを掘り起こしていくプロセスは刺激的かもしれないが、それが生み出す矛盾した感情が不安を引き起こす場合もある。