
スター経営者の事業承継には綿密な準備が必要である
2023年11月にウォルト・ディズニーのCEOに復帰したボブ・アイガーは、2度目の「就任最初の100日間」を過ごしている。ただし、今回は2年の期限付きだ。スターバックスでは創業者のハワード・シュルツが4回目の引き継ぎを試み、後任のCEOがまもなく手綱を受け取る。これらは承継の失敗がよくあるというだけでなく、「一時代を築いた」CEOの交代がしばしば最も危険であることを浮き彫りにする最新の例にすぎない。
このような苦境を経験した企業は、名簿ができそうなくらい多くある。ディズニー、スターバックス、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)、マイクロソフト、GE、フォード・モーター、ツイッター、デル、ナイキなど、数多くの有名企業がその全盛期に、CEOの交代で大きな痛手を負っている。
そして、これからも多くの企業がつまずくかもしれない。筆者たちの調査によると、フォーチュン500の上位200社のうち、約4分の1は10年以上就任しているCEOが率いている。このうち10社は創業者が社長を務めており、後継者問題をいっそう複雑にし、リスクを高めている。
承継の失敗が特に嘆かわしいのは、その多くがみずから招いたものだからだ。戦争や、規制の突然の変更、消費者需要の急激な変化と違って、後継者問題は何年も前から予期できたことである。承継が成功するかどうかは、企業がコントロールできることなのだ。
そこで、CEO承継の成否を分けるものは何かを解明するために、ghSMARTが実施した「CEOゲノム」調査と、筆者たちが30年近くにわたり1000社以上の企業にCEO承継の助言をしてきた経験を活用して分析した。「CEOゲノム」調査は、2000人以上のCEOを含むエグゼクティブを評価した2万6000件以上のデータベースに基づいている。
一時代を築いたCEOが事業承継する際の落とし穴
長年CEOを務めてきた人物の多くは、先見の明があり、優れた業績をあげ、会社を大胆に改革してきた。ここ数年でターゲット、キャタピラー、ボーイングなどが、一時代を築いたCEOが在籍し続けられるようにCEOの定年退職年齢を延長している。
ただし、CEOの承継には皮肉な現象がついてまわる。すなわち、現職CEOの在任期間が長いほど、交代はより困難になり、リスクも高くなるのだ。長期政権となったCEOの後継者は、前任者より在職期間が短く、財務実績が悪化して、その座を追われることも少なくない。時間と資金を投じ、経験豊富な取締役会やCEOが指揮を執っているのに、なぜ企業は後継者育成の準備を怠り、あるいは間違った選択をするのだろうか。
実はCEO承継が失敗する根本的な原因は、以下に挙げるように、一見すると何でもないような習慣から始まっている。これらが時間の経過とともに、危険度を増し、痛みを伴う危機に発展するのだ。
現職CEOに忖度しすぎる
長年、トップに君臨しているCEOは、役員をみずから選び、確固たる業績を上げて、深い人間関係を築きながら、信頼度を高めていく。その結果、取締役会はCEOの指揮に従うことが当たり前になり、承継問題でも必要な意見を言わなくなる。そして、正式な承継プロセスを開始するまでに時間がかかりすぎたり、不都合な質問を突きつけることなく現職CEOの手に承継プロセスを委ねたりする。現職のCEOが後継者育成のプロセスを主導すると、最善を尽くしたとしても、最高の外科医が自分の手術を執刀するのと変わらない結果を招く。つまり、リスクの高い提案なのである。
ある取締役は、CEO承継の話を筆頭社外取締役に何回も持ちかけたが、尊敬を集めるCEOを気まずい議論で煩わせたり、CEOの機嫌を損ねたりしてはいけないから、「そっと動く」ようにと諭されたという。筆者たちの調査では69%の取締役会が、自分たちで思っているより後継者育成の準備ができていない。