健全な承継プロセスのための7つの習慣
今日のように変化の激しい環境では、実行可能な選択肢を複数持ち、柔軟な選択ができるような、統制のとれた後継者育成プロセスが必要だ。以下の習慣は、取締役会が一時代を築いたCEOからの承継を成功させるために役立つだろう。
1. タイミングがすべて
CEO承継にかかる基本的なタイムスケジュールは、単純だが厳しい。CEOの在任期間を10年とすると(パンデミック以前の長年のざっくりした平均とほぼ一致する)、5年目から本格的な承継計画を始めれば、取締役会と経営陣は後継者候補を見きわめて育成するために5年間を費やすことができる。
ほとんどの大企業は、社内の候補者への承継を望む。CEOの役割には独自の要件があり、社内の候補者は、たとえば実力のある部署のリーダーに会社の戦略に関する経験を積ませるなど、新しい役割や職務を割り当てて、その間に能力を著しく向上させるべく準備をしなければならない。ある職務で実力を証明するには、少なくとも2年かかる。したがって、5年間でジョブローテーションを2回経験でき、これが社内候補者の準備期間として最低限必要な時間だ。
さらに、5年というタイムラインは、外部の人材をエグゼクティブに登用したり、従業員の「飛び級」を検討したりするなど、後継者候補の選定範囲を現在のCレベルから広げる貴重な機会にもなる。
ただし、一般的なCEOにとって就任から5年では、後継者育成も遠い将来の話のように感じる。避けて通ることはできないと思ってはいるが、日々の重要な関心事ではない。そこで、取締役会は先を見越して、後継者育成に向けた議論と活動を定期的に行う必要がある。
2. 明確な役割を確立する
後継者育成のプロセスを通じて、取締役会とCEOの役割、そして責任を明確にすることが重要だ。初期の段階では、行動の大半をCEOと最高人事責任者(CHRO)が主導して強固なプロセスを確立できるように、取締役会がCEOを鼓舞してサポートする。会社が目標としているCEO交代の時期まで約1年半を切る頃から、取締役会がプロセスの運営に当たり、CEOはプロセスに参加するが主導することはなくなる。
このような役割分担の変化は、事前にしっかりと決めておかないと気まずくなりかねない。あるCEOはこのように語っている。「RACIチャート(責任分担表)で自分の名前の横に『決断』と書かれているのを当然だと思ってきましたが、承継に限って、私も関与してはいるものの、最後に決断するのは取締役会なのです」
3. 過去に囚われず未来のスコアカードを考える
次のCEOに何を求めるかと問われると、多くの取締役会は、現職CEOの「クローン」がよいとあっさり認める。選考基準は一般的なリーダーシップの資質をひたすら羅列したものになり、いままさにCEOとしてらつ腕を奮っている人物に比べれば候補者は色あせて見える。
承継プロセスを始めるに当たり、取締役会には感情的ではないビジネスライクな話し合いが必要だ。会社が将来、直面する最大の変化と、その場合の成功とはどのようなものかを具体的な成果をもとに考え、そのような成功のビジョンを実現するために必要なリーダーシップスキルとは何かを議論するのだ。
こうした議論は、次期CEOのスコアカードの土台となり、候補者の評価と育成を見極める軸になる。スコアカードは定期的に更新され、最終的には、取締役会が懐古主義や偏見に囚われず、合理的な妥協点を見出して、意思決定を行うために用いられる。
4. より広い網を投げる
できる限り多様で強固な候補者リストにするために、取締役会はCレベルより1、2段階下の主要なリーダーについて、定期的に客観的な評価を入手しなければならない。CEOの大半はCレベルから昇進するが、コンサルティングファームのスペンサー・スチュアートの最近の調査によると、組織に奥深く埋もれていた役割の中から抜擢された「飛び級昇進」のCEOは、典型的な候補者より優れた成果を上げることが多い。ゼネラルモーターズのメアリー・バーラやマイクロソフトのサティア・ナデラなどはその例だ。
優秀な取締役会が、最も有望な人材を発掘する際には、高い潜在能力を持つ人物とイベントやディナーで気軽に交流するだけでなく、彼らの能力をしっかり理解するための綿密な客観的分析が必要になる。後継者育成プロセスが、いかに偏見に左右されるかということを示すために筆者らはある調査を行った。たとえば、客観的な評価を行わない場合、話し方のアクセントに癖がある人がCEOに選ばれる可能性は12倍低い。アクセントの癖はCEOの業績には影響を及ぼさないにもかかわらず、である。
5. 後継者育成を加速させるために大胆な賭けをする
社内でCEO候補を探して実力を試す最良の方法は、困難な役割を与えることだ。筆者たちの調査では、スピード出世でCEOになったエグゼクティブの75%が、次の3つの際立って困難な状況のうち1つ以上において、「意思決定をする」「適応する」「厳しい状況下でパフォーマンスをあげる」という能力を柔軟に発揮した。
・大混乱:組織の再建や、合併統合や大規模な技術導入など困難でやっかいな問題に当たらせる。厳しいプレッシャーの下でエグゼクティブの決断力とレジリエンスが試される。
・大きな飛躍:これまでよりはるかに大きな規模の組織で意思決定をする機会(役割やプロジェクトなど)を与える。たとえば、5億ドル規模の事業部門のリーダーから、複数の製品を扱う50億ドル規模のグローバルビジネスのリーダーへとステップアップする。
・小さなところから大きな成功につなげる:会社の縮図でもある役割やプロジェクトを与える。たとえば、大きな国を担当するマネジャーや事業部門のリーダーとして、CEOの影から一歩抜け出して自律的に担当組織を指揮する。
こうした大胆な賭けを行うと、CEOやCHRO、さらには候補者自身も、高い見返りと高いリスクを伴う行動に躊躇する時があるだろう。そこでは、積極的な取締役会が大きな違いを生み出す。たとえば、私たちがコンサルティングを請け負っている、あるフォーチュン500のCEOは、取締役会に促されて、最も有力な後継者候補に会社史上最大の買収案件を担当させることに渋々同意した。この案件は、後にCEOに就任した彼女自身が、CEOになる準備のなかで最も困難であり、最も貴重な経験だったと後に振り返っている。
6. 異なる視点を積極的に求め、提供する
CEO承継の失敗例を分析すると、1人以上の取締役が、選ばれた候補者に不安を抱きながらも支配的な意見にあえて反論しない、自分の意見を聞いてもらえると思えなかった、ということがよくある。就任期間が長く、信頼を集め、後継者育成に不釣り合いなほど大きな影響を及ぼしてきたCEOからの交代劇は、特にこのような傾向が顕著だ。
こうした危険なパターンに陥らないために、優れた取締役会は、異なる多様な視点を採り入れることを強く奨励し、取締役や外部の専門家から異なる意見を求めようとしている。たとえば、ある新任の取締役はCEOの最終候補者2人について、バックグラウンドの徹底的な調査を求めた。当初は両候補者を何十年も前から知っている現職のCEOやCHRO、筆頭取締役は抵抗したが、審査を進めると、取締役会の最終的な投票に影響を与える重要なデータが明らかになった。
筆頭の独立取締役は、オープンな議論を習慣にするうえで特に重要な役割を担う。優れた筆頭取締役は、心地よいコンセンサスに簡単に落ち着くのではなく、異なる見方があることを想定して積極的にそれを探り出す。
7. 次なる者を迎える
長年にわたり成功してきたCEOから、実績が証明されていない新任者への交代を監督する際、取締役会は継続性を維持しようとする。前経営陣に近い人が多いほど、前経営陣と同様の素晴らしい実績が期待できると考えるのだ。そのために退任するCEOを別の地位につけて引き留めたり、新しいCEOに、次点候補(あるいは次点以下の候補たち)を含む前経営陣を残すよう強いたりする。
残念ながら、これは裏目に出ることが多い。新しいCEOがその役割を完全に自分のものにして、前任者のスキルではなく自分のスキルを補うようなチームをつくることができなくなるからだ。承継が成功するケースでは、新しいCEOは取締役会の支援と協力のもと、第1日目からCEOの役割を自分のものにするための権限を与えられている。
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これらの習慣を積極的かつ継続的に実践している取締役会は、最も重要な仕事である最適なCEOの選任において他社より優位に立つことになる。新型コロナウイルスの時代に、多くの企業が後継者育成の取り組みを遅らせ、あるいは優先順位を下げた。これからは後継者育成の強固なプロセスを構築するために、熟慮を重ね、積極的に取り組んで巻き返しを図らなければならない。いまこそ行動すべき時だ。
"Beware the Transition from an Iconic CEO," HBR.org, February 01, 2023.