
女性のリーダーシップ開発に潜む課題
そのメールが筆者(クリステンセン)に届いたのは、アカデミックな医学の分野に入って5年目の時だった。女性リーダーシップ開発プログラムの案内で、転送してきたシニアリーダーの男性からはこのような言葉が添えられていた。「あなたはこれに申し込むべきです」
戸惑いと憤りが入り混じる中、「またか」と声を上げてしまった。筆者はその時までに4つのリーダーシップ開発プログラムと多数の専門能力開発セミナーに参加しており、すべて女性向けものだった。皮肉なことに、その招待が届く3カ月前には、米国医科大学協会の医学と女性に関する女性のグループ(GWIMS:Group on Women in Medicine and Science)の「エマージングリーダー」賞を受賞しており、すでに自分の行っていたリーダーシップトレーニングが全米で評価されていたのだ。
メールの意図は、筆者をキャリア目標の達成に向けて励まし、サポートすることであるのは理解していた。また、ベテランのリーダーでもスキルの向上が可能であることも認識していたが、そこには意図的ではないこのようなメッセージが内包されていた。
「学部で唯一の女性教員である私は、リーダーシップのスキルを磨く必要がある。同僚の男性教員にはその必要がない」
近年、女性リーダーシップ開発プログラム(WLDP)の需要や数は爆発的に増加している。女性向けのカンファレンスやエグゼクティブ教育に組み込まれていたり、特定の企業向けにカスタマイズされていたりする。シニアリーダーという困難な役割や、ジェンダーバイアスとそれにまつわる障壁に、女性が立ち向かうための重要な機会となっている。また、女性が職場での経験を共有する安全な場を提供し、キャリアアップのための支援と実践方法を提供している。
昇進率と定着率の向上、スポンサーシップの強化、ネットワークの拡大、知識と自信の向上、組織の構造とプロセスの理解など、WLDPが成果を上げていることは有力な証拠によって示されている。WLDPはまた、多くの組織においてジェンダーエクイティの取り組みの重要な要素の一つにもなっている。実際、そうした機会を提供することは、リーダーや組織にとって、リーダー職におけるジェンダーダイバーシティへのコミットメントを公に示す便利な方法といえる。
しかし、女性の昇進のための広範な取り組みがなく、マネジャーやリーダーが責任を果たさないままWLDPが展開されると、女性たちを参加させることが次第に裏目に出てくるおそれがある。女性には欠陥があって修正が必要であるとか、シニアリーダーの地位に女性が少ないのは男性と競争する能力がないからであるといったシグナルになるのだ。
このようなシグナルを発することになってしまう理由はいくつかある。第1に、性別に特化したリーダーシッププログラムに女性だけを参加させると、男性は伝統的に評価されてきた主体的で積極性のあるエージェンティックリーダーとしての特性を持ち、女性はそれを持たないというジェンダーステレオタイプが増幅される。
しかし、マッキンゼー・アンド・カンパニーの調査によれば、将来のビジネス課題に対処するために非常に効果的と考えられるリーダーシップの行動(インスピレーション、参加型意思決定、期待と報酬の設定、人材育成、ロールモデル)のほとんどは、女性のほうがより頻繁に取り組んでいる。
こうしたリーダーシップ開発へのアプローチや変革的なリーダーシップスタイルは、WLDPの特徴であり、より一般的にはインクルーシブリーダーシップと呼ばれている。これに対して、歴史的に男性中心のエリートで構成された従来のリーダーシップ開発プログラムは、個人の知識や自律的な自己、そして男性的なリーダーシップスタイルである取引型リーダーシップに焦点を当てていることが調査で明らかになっている。
女性に対してリーダーシップが不足しているというメッセージをなくすために、リーダーシッププログラムと、それが必要なのは誰かについてのメッセージを変える必要がある。経験の浅い優秀な女性を讃え、エンパワーすることと、リーダーシップの準備に関してインポスター(詐欺師)的な感情を煽ることは、紙一重だ。
第2に、これらのプログラムは女性にとって新たなジェンダー税になるおそれがある。WLDPを体系的な男女不平等の解決策として利用することは、女性に対し、リーダーシップにおける会社の男女不均衡を是正するのはその人自身の責任であり、その見返りは必ずしも費やした時間に見合わないというメッセージになる。
このようなプログラムに参加するために、女性たちは仕事を休まなければならないことも多く、さらなる認知的労働を要求される。多くの女性は、昇進に関心がないと思われることをおそれている。したがって、この「機会」を断ることに消極的だ。そして、忘れてはならないのは、女性がリーダーシップのトレーニングを受けている間、同僚の男性は日常業務を続け、上司と顔を合わせ、昇進に有利なプロジェクトに取り組んでいることだ。
このように、女性向けの余計なリーダーシップ研修は、「オフィス家事」という新しい形の無報酬労働になっている。特に、女性が昇進に必要な援助、機会、スポンサーシップ、文化的な変化がないまま、これまで通りの職場文化に戻る場合、負担は大きくなる。