第3ステップ:実行

 学びの抽出は重要だが、それだけでは不十分である。AARで得た知見をそのまま放置し、次の危機が目前に迫った時にいざ活かそうと思っても後の祭りであり、行動に結びつける貴重なチャンスを逃したことに気づくだろう。

 危機においても一貫して優位性を保つ15%の企業になるには、AARで明らかになったケイパビリティを前もって築いておくことが不可欠である。レジリエンスの高い企業を分析した結果、以下の9つのアクションがレジリエンスを制度化するのに役立つと考えられる。

1. 危機対応プレーブックを作成する

 感情や緊張が高まった時に、安定性と予測可能性を与えてくれるのがプレーブック(戦略集、マニュアル)である。したがって、AARの結果を、次の危機の行動指針として活かせるよう、一般的で実践的な学びにまとめるのである。「人だけでなくプロセスに頼るほうが、組織に不要なストレスを与えたりバーンアウトさせたりすることがない」とスタンレー・ブラック・アンド・デッカーのCEO、ドン・アランは言う。

 プレーブックは、会社全体と部門別の両レベルで作成すべきである。たとえば、ある大手ベンチャーキャピタルでは、作成した危機対応プレーブックを、投資先企業の上級管理職の研修に使用している。プレーブックは、危機ごとに用意する必要はなく、危機管理の基本原則を示すものであればよい。キャンベルによれば、アメリカンエキスプレスでは、景気後退対応のプレーブックがコロナ禍を乗り切るのに役立ったという。

2. シナリオプランニングを活用する

 複雑で不安定な時代には、未来を正確に予測し計画することは不可能である。しかし、起こりうるディスラプションに備えることは可能だ。ゾエティスのCEO、クリティン・ペックは、「当社では、計画の立て方を構造的に見直しました」と言う。「単一のプランでベストな決断が下せるとはもはや考えておらず、複数のシナリオを使って、この不確実な世界に適応しようとしています」。

 効果的なシナリオを描くためには、「イマジネーションゲーム」などのツールを活用して、消費者の急激な嗜好の変化や、同じビジネスモデルを採用するライバルの出現など、潜在的な脅威を明らかにしよう。

3. 情報収集能力の向上に投資する

 シナリオプランニングと危機管理は、優れた情報によって促進され、誘発される。「何が起きているのかを正確に把握できるようにしておくことが必要です」とドン・アランは言う。

 専門家が公表する大まかな分析だけに頼るのは、不十分である。そこで、専門チームを設置し、業界に特化した信頼性の高いタイムリーな情報を収集させる。新しいトレンドや不連続性を早期に発見するには、イレギュラーな動きに注目することである。また、外部パートナーとのネットワークを活かしたり、クラウドソーシングによって社内の知見を集めたりするのも有効である。

4. 「リアルタイム企業」になる

 平常時の企業は業務の効率化に注力し、外部の動向には一時的か漸次的にしか適応しない。情報の流れは比較的遅く、意思決定の仕組みも比較的柔軟性が低い傾向がある。

 しかし危機下では、情報の集約と発信を素早く行い、意思決定を毎日のように行う組織になる必要がある。このような「リアルタイム企業」になるためには、意思決定を行う会議の頻度を上げるとともに、その会議に、信頼できるタイムリーな情報を供給することが不可欠である。

 アメリカンエキスプレスCFOのジェフ・キャンベルは、こう話す。「コロナ禍の間は、毎朝8時に上級幹部が集まってミーティングすることを日課にしていました。重要事項についての判断は、必ず24時間以内に下されると従業員もわかっていましたし、注意喚起をされた問題は、数日以内に解決するようにしていました。企業文化は一変し、この間に身につけたスピード感と、総力を結集させる能力は、コロナ禍以降も、なくてはならないものになりました」。

5. 柔軟な協力体制を築く

 組織の細分化、分業化は重要である。それによって専門化、簡素化、効率化が可能になる。だが危機下では、それが迅速な適応の妨げになることがある。

 レジリエンスの高い組織は、ニーズの発生に応じて継続的に協働体制を見直している。この能力を養うには、プロジェクトベースのチーム編成、一時的なジョブローテーション、対角線(垂直でも水平でもない、命令系統と階層の異なる社員間)の協働といったアプローチを用いて、平常時から組織部門を流動的に保つことが重要である。また、外部との連携構造にも柔軟性が求められるが、これは動的なエコシステムを構成することで実現可能だ。

6. 資本と能力を流動化する

「自分たちがよくやったと思うことの一つは、急速な環境変化に基づいて、自由な発想で資本を再配分したことです」とゾエティスCEOのペックは言う。「安定性と成長機会の多い地域や市場セグメント、販売チャネルを見極めて投下先を変えていました」。

 資本を流動化するには、ビジネスユニットに均等に資源を配分するという考え方から脱却し、極端な状況で思い切った再配分で対応できるように準備する必要がある。変化する状況の中で新たなモデルを模索し試行するだけでは、不足している。新たなソリューションの拡大を図るならば、十分な資本を十分なスピードで投下し、ビジネスの重心をシフトさせることが必要である。

 キャパシティの流動化は、たとえば生産能力に余裕を設けたり、サプライチェーンに冗長性を持たせたりすることで高めることができる。いずれもレジリエンスと効率性のトレードオフをうまく調整する必要がある。

7. レジリエンスのスキルやマインドセットを醸成するために従業員を再教育する

 多くの企業は、伝統的に効率を高め、失敗を回避することに重きを置いている。しかし、危機下で需要や競争のパターン変化を有利に活かすには、さまざまな実験を試す必要がある。実験には、早く失敗し、早く学習することが求められる。しかし、失敗に対する許容度が低いと、従業員は、このマインドセットを採り入れることに躊躇する。

 ゾエティスのペックは、レジリエンスを高めるには、従業員に目を向けなければいけないと強調する。「当社ではいま、『共感』『絶えざる変化』『ラーニングアジリティ』(経験から素早く学び、行動に落とし込む能力)などのテーマを、研修や人材開発プログラムに組み込んでいます」と筆者らに語った。「たゆまぬ学習と変革の組織文化を醸成し、それがビジネスの常道であることを従業員に知ってもらいたいのです」

8. オープンなリーダーシップに徹する

 危機管理には、高い信頼とオープンなコミュニケーションが求められる。上層部は、透明性と共感を持って模範を示す必要がある。事態が好転しているか悪化しているかにかかわらず、従業員と定期的にオープンなコミュニケーションを取るべきである。

 また、リーダーは、顧客との距離が近く、新しいトレンドやディスラプションの兆候にいち早く気づく従業員からのシグナルを、敏感に察知しなければならない。ドン・アランは、「従業員が持ってくる悪い知らせにも、すすんで耳を傾けることが必要です。そうでなければ、何も知らされないようになり、対応が遅れます」と語る。

9. 長期的視点を失わない

 危機を乗り越える上での最も重要な課題は、短期的なビジネスの継続性のリスクを抑えるために慎重さと財政的な規律が求められる一方で、需要パターンに持続的な変化が生じるために実験と投資が必要とされるということだ。

 どちらも乗り越えるためには、短期的な目標と長期的な目標を両立させ続けるマルチタイムスケール・マネジメントの能力が必要である。キャンベルは、「危機において最も重要なのは、競合他社が気を取られている間に長期の目標に集中することです」と強調する。

 これに対応した戦術はいくつかある。一つは、長期的に考慮すべき事柄を分析するチームを任命し、その視点を意思決定プロセスに反映させることである。もう一つは、後退の可逆性の原則を採用することである。つまり、簡単に元に戻せるところからコストを削減し、ダメージが長期化するチームには資金を投じ続ける。最後の一つとして、明確なルールをつくると、意思決定の複雑さを軽減できる。たとえば、中核となる製品イノベーションへの投資は削減しない、といったルールである。

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 世界の多くの地域で新型コロナウイルスの流行が鎮静化したようだが、我々はいまなお戦争やエネルギー不足、インフレ、気候変動、革新的人工知能(AI)、サイバー攻撃、そして最近では金融システムの不安定化など、数多くの危機と向き合っている。どの地域、業界、企業に、次はいつどのような危機がやってくるのかは誰にもわからない。

 このような不確実性の中で会社を繁栄させることが、ニューノーマルである。いまこそ、レジリエンスを追求するだけでなく、再現可能なケイパビリティとして学びを制度化する時である。コロナ禍の余波の中で勝つためには、振り返ることで学び、将来へ備える必要がある。


"Has Your Organization Acted on What It's Learned in the Pandemic?" HBR.org, March 15, 2023.