説得力のある顧客体験を提供する秘訣
企業はカギとなる2つの必須テーマに沿って、
それぞれを施策に織り込むよう徹底することで、以降で検証する「エンジニアリングによる不誠実さ」をブランドは回避できるようになる。
顧客への理解を深める
完全にデジタルで構成されるジャーニーを有するブランドは非常に少ない。物理的な製品や身体的な体験、人間同士のやり取りをブランドはいまもなお提供している。したがって企業は、デジタルジャーニーのみを最重要事項として焦点を当てるのではなく、顧客がデジタル体験をどこで、どのように求めるのかを理解しなくてはならない。
顧客の現在のニーズおよび変わりゆくニーズを理解するには、顧客に耳を傾けるための複数の効果的なアプローチが起点となる。顧客の声(VoC: voice of the customer)の分析、ペルソナの設定、カスタマージャーニーマップの構築、顧客中心の意思決定を引き出す、などだ。どれも、顧客ニーズへの理解を深めて適応するという目標を達成するために不可欠な要素である。
組織はこれらを実践したうえで初めて、体験をどのように提供するかを重点的に考えることができる。これは1回限りの取り組みではなく、効果を上げるために継続的な投資を要するコンピタンスだ。
顧客を意識する組織は成功する。ガートナーの分析によると、経営陣の期待を上回る業績を上げたCX施策は、ペルソナ開発の取り組みを3年以上実施している傾向が1.9倍高く、エンド・トゥ・エンドのカスタマージャーニーのマッピングを3年以上実施している傾向は2倍であった。
現在のマクロ経済環境を踏まえると、ブランドは、顧客に自社との取引継続を正しい選択であると確信してもらうために、CXのケイパビリティに再投資して強化を図る機会を迎えている。
顧客への深い理解は、顧客への共感という重要な結果につながる。
顧客エンゲージメント戦略とは、顧客の状況、関心、意図に関する深い理解と、組織の目標とのバランスを取るものであり、顧客への共感がその一要素となる。実現は容易ではなく、前述してきた顧客への深い理解が不在の場合はなおさら難しい。
顧客への深い理解と共感に関して、シンプルだが説得力のある事例がロレアルに見られる。
ロレアルは、個人のウェルビーイングにおいてスキンケアが極めて重要な要素であることを理解している。同社が提供するモバイルアプリのスキン・ジニアス(Skin Genius)は、個人向けのアシスタンスと革新的なデジタル体験を組み合わせたものだ。顧客の顔写真(プライバシーは保護される)を用いて、各人に固有のスキンケアのニーズをAIで診断する。また、美容アドバイザーと対面するシミュレーションを通じて顧客にスキンケアの方針の転換を促し、肌の改善目標を熟考し検討するよう誘導する。
顧客は自分のスキンケアの状態をより深く理解すれば、全体的なウェルビーイングについてより適切に把握できるようになる可能性が高い。これは顧客の自己認識の向上につながる。
説得力のある顧客体験は、仰々しいデジタル能力を必要としない。人間への理解に根差した小さなことでも、同じように効果的となりうるのだ。
トータル・エクスペリエンスによる包括的なアプローチを取る
筆者らのクライアントはしばしば、よりよい顧客体験を提供するために機能をどのように構築すべきか、あるいはどのテクノロジーを購入すべきか、と尋ねてくる。だが、それは質問として完全ではない。
優れた顧客体験を提供するうえで、従業員が決定的に重要な役割を果たすことを、私たちはパンデミックを通じて学んだ。従業員体験(EX: employee experience)として現れる彼らの体験は、顧客体験と同じように重要だ。しかし、ほとんどの組織では、CX、EX、ユーザーエクスペリエンス(UX)、および関連するテクノロジーのプラットフォームを担当する機能はそれぞれ別々に活動している。
したがって、より適切な問いは、顧客と従業員の両方に、より包括的で説得力のあるデジタル体験を提供できる体制を構築するにはどうすべきか、である。
ここで登場するのがトータル・エクスペリエンス(TX)、つまり、すべてのステークホルダーに共有される卓越した体験を提供するために、CX、EX、UXを計画的に連携させることである。
レゴグループは、トータル・エクスペリエンスを取り入れたB2C企業の一例である。同社は、デザインに対するサイロ化されたアプローチこそ、デジタルソリューションが顧客と従業員のニーズに応えられない原因だと気づいた。
新型コロナウイルス感染症のパンデミックによって、レゴグループが新製品をバーチャル上で発売することを余儀なくされた時、当初は小売事業者の顧客向けにセルフサービスのオンラインカタログを作成した。しかし、このソリューションは、顧客と販売担当者がこれまで対面で経験してきた質の高い購入体験を十分に提供できなかった。ソリューションの設計において、すべてのエンドユーザーの個別のニーズと共通のニーズを考慮しなかったためである。
レゴグループはこの課題に対処すべく、質の高い製品閲覧体験を提供するバーチャルショールームを立ち上げた。
レゴはソリューションの設計と導入において、顧客と従業員のニーズを優先し、テクノロジーを二の次とした。これにより、顧客と従業員間のやり取りはより円滑になり、製品の閲覧体験が全体的に向上したため、従業員はより優れた顧客サービスの提供と、全体的な購入体験の向上を実現することができた。
レゴは顧客理解とTXの本質に重点を置き、エンジニアリングによる不誠実という罠を回避することで上記を実現したのである。
「エンジニアリングによる不誠実」を避ける
説得力のあるCXを提供するには、筆者らのいう「エンジニアリングによる不誠実」、つまり自動化を用いることで顧客がどのような人間なのかをシミュレートしてしまうという罠を避けるために、顧客への共感とテクノロジーのバランスを取る必要がある。
エンジニアリングによる不誠実は、さまざまな形で生じる。顧客の現状を理解していない小売事業者からの絶え間ないメール、