成長の道筋と市場の位置付けの違い

 米国では、スマートフォンが普及する以前から、現在のテック大手が、検索(グーグル)、ソーシャルメディア(フェイスブック)、eコマース(アマゾン・ドットコム)など、PC上でウェブ限定のサービスを提供し始めていた。その後、各社はモバイルアプリを開発したが、各アプリでは限られたサービスしか提供されなかった。それらによって米国の顧客ニーズはほぼ満たされてきたものの、米国のアプリ市場は細分化された。こうした経緯もあり、米国の多くのテック企業は、一つのアプリで一つのサービスを提供し続けている。

 この傾向は、ユーザー体験や技術的な問題に対する懸念によって強まっている。つまり、機能が増えすぎると、アプリの読み込みが遅くなったり、ユーザーエンゲージメントを妨げる摩擦が生じたり、消費者の間で一部の機能が「二流」に格下げされてしまったりすることを、米テック大手の多くが恐れているのである。

 そのため、スーパーアプリになりそうなアプリも、長い間それを避けてきた。たとえば、グーグルのエンジニアに話を聞いたところ、グーグルマップなどの大型アプリはすでにインフラの限界にぶつかっており、これ以上の機能拡張は見合わせているという。2014年には、フェイスブックが「メッセンジャー」アプリをわざとメインアプリから切り離した。また、ウーバーは何年もウーバーイーツと配車アプリを切り離していた。

 米国でスーパーアプリが普及しないのには、組織的、経済的な理由もある。各アプリが広告チャネルとしても機能することを考えれば、複数のサービスを一つのアプリに統合してしまうと、広告収入を食い合うことになりかねない。また、他のアプリチームと統合することで、チームのアイデンティティが変わってしまうことに抵抗を感じる開発チームもある。

 さらに資金調達の問題も絡んでいる可能性がある。米国の株式市場は、「無関係な」多角化には反応しにくい傾向があるという調査結果があり、それによってスーパーアプリを生み出すために必要な活動が抑制されていることが考えられる。

 対照的に、アジアのテック業界は、デスクトップ第一で細分化されたビジネス基盤の上に築かれたわけではない。アジアの消費者にとってのインターネットとの出会いは、最初からスーパーアプリであり、そのためにつくられたモバイルプラットフォームである。消費者がさまざまな個別アプリに囲い込まれていなかったおかげで、アジアの初期のテック企業は、日常の幅広いニーズに応える新しいサービスを追加しながら、ユーザーベースを急速に拡大することができたのである。

 もう一つの要因は、決済システムに関係している。米国では、クレジットカードやデビットカードを使った決済システムに依存してきたことで、革新的なモバイルフィンテックの導入が遅れた。しかしアジアの多くの市場では、クレジットカードやデビットカードが普及しなかったため、モバイル決済システムが入り込む余地があり、多くのスーパーアプリのエコシステムを支えている。

 特に中国では、販売業者が取引手数料やインフラ整備を必要とするデビットカードやクレジットカードの取り扱いに長い間消極的だった。ウィーチャットペイやアリペイなどは、インフラをあまり必要としない電子取引や資金保管のシステムをほとんど無料で提供し、そうしたニーズに対応している。また、ベトナムやインドネシアなどでは、銀行口座を持たない国民が多いため、スーパーアプリのウォレットに対する需要が高まっている。

異なる規制環境

 こうした成長の軌跡の違いは、もちろん、米国とアジア、特に中国の規制環境の違いと密接に関係している。中国のスーパーアプリの中には、国のデータプライバシー保護関連規制の遅れに乗じて、初期に独占禁止法上のペナルティをほぼ回避しているものがある。ウィーチャットペイとアリペイが緩い規制の下で、ウォレットに保管された顧客資金をオーバーナイトファンドや有利子口座への投資に利用したり、P2P融資を促進したりしたことも、両者の成功の一因となっている。また、こうしたアプリは、規制当局に重要な取引情報を報告したり、マネーロンダリングなどの不正取引を防止するための堅牢なシステムを構築したりする義務もなかった。

 規制の厳しい市場では、こうした方法で資金を調達し、ユーザーベースを拡大することは不可能だっただろう。現に、中国の規制当局もその後、顧客資金の流用や、競争を制限する慣行、データプライバシーなどを厳重に取り締まるようになっている。ウィーチャットやアリペイの初期のビジネスモデルは、規制の厳しい他の市場はもちろん、現在の中国でも通用しないだろう。

 同時に、中国が海外のアプリを他国よりも厳しく規制していることも、スーパーアプリ経済の成長に貢献した。国家安全保障や社会的、道徳的秩序を維持するために必要なこととして、カカオトークやLINEといった海外のプラットフォームや、フェイスブック、グーグル、ツイッター、ユーチューブ、スナップチャットなどの米国のモバイルアプリやウェブアプリをブロックするという中国の決断も、ウィーチャットのような土着のアプリを初期に外国との競争から保護する役目を果たした。このような規制スタンスが中国製アプリに成長する時間と余地を与え、結果として国内アプリ市場の細分化を免れたのである。

文化の違い

 最後に、文化は主観的で常に変化するものであるが、アジアと他の市場との文化的な違いがテック産業の発展における地域差をもたらした部分もある。KPMGベイン・アンド・カンパニー世界銀行の調査でも、アジアの消費者は、米国の消費者よりもスーパーアプリを含む新しいデジタル技術の導入に積極的であることが示されている。

 このような一般的な傾向に限らず、アジアの文化には、スーパーアプリのエコシステムに適していると考えられる特有の側面がある。たとえば中国では、現金を贈り合う文化が広く浸透しており、それが友人や家族に「紅包」(ご祝儀)をデジタル送金できる、ウィーチャットのデジタル決済システムの成長に大きく寄与した。消費者の集団主義的な文化や嗜好も、ユーザー主導型イノベーションへの依存も、中国でスーパーアプリが定着するのに役立ったと考えられる。また、アジアの消費者は、大きなコングロマリットが日常生活のさまざまな側面を支配することに抵抗が少なく、それが巨大スーパーアプリ企業をより受け入れやすくしている可能性もある。これに対して米国人は、過剰な力を持つ企業に対する嫌悪感や、プライバシーや信用に対する懸念から、大企業に対して猜疑心を抱く傾向がある。

潮目の変化:米国に「スーパーアプリの時代」は到来するのか

 こうした違いはあるものの、アジアのスーパーアプリのようなものが米国にやってくると考える理由もある。2022年に行われた消費者調査では、米国の回答者の72%がスーパーアプリの使用に興味を示している。需要は確かにあるのだ。

 実際、アジア以外の多くのテック企業にも、サービスを多角化し、スーパーアプリに近いエコシステムを築くような動きが見られる。

 フェイスブックのメインアプリには、「メタペイ」「マーケットプレイス」「ゲーミング」「デーティング」(マッチングサービス)「ポッドキャスト」があり、メッセンジャーをフェイスブックアプリに再統合することを検討しているとの報道もある。

 同様に、アマゾンのアプリには、医療相談、オンライン薬局、ネットスーパー、コンテンツ配信などが加わっている。スポティファイは、音楽だけでなく、ポッドキャスト、オーディオブック、ビデオストリーミングを提供するようになった。ウーバーは、配車だけでなく、「チャーター」(バス)、「トランジット」(公共交通機関)、「トラベル」(予約)、飲食店やスーパーのフードデリバリー、荷物の宅配サービスも提供するようになった。スナップチャットは、画像共有だけでなく、映画のチケット予約、フラッシュカード(暗記カード)、さらには瞑想ツールまで展開している。米国でユーザー数を伸ばしているカナダのホッパー(Hopper)は、飛行機やホテルの予約、貸家やレンタカー、旅行関連の金融商品などを提供している。

 一方、アップルやグーグルのような企業は、頑なにアプリの統合を避けているように見える。しかし両者は、アプリストアのエコシステムという巨大な「準」スーパーアプリのゲートキーパーであることに変わりはない。

 このように考えると、米国人のスーパーアプリへの関心は高く、一部のテックリーダーの「夢物語」とはもはや呼べなくなってきている。それだけでなく、近年、米国にスーパーアプリのような製品の開発と導入を促す可能性のあるトレンドがいくつか見られる。

規制の圧力

 EUの個人情報保護法GDPRと米国のさまざまなデータプライバシー保護法により、顧客データの保護に対する欧米企業への圧力が高まっている。これらの法律により、テック企業が第三者から顧客データを取得したり、自社の保有データを他社と共有したりすることで利益を得ることが難しくなっている。このような規制環境の変化の中で、アップルは最近、サードパーティのiOSアプリが広告利用のために顧客データを他社と共有することをさらに難しくし、グーグルもアンドロイド(Android)で同様のアプローチを計画している。こうした規制により、各社は顧客データをいっそう自社アプリ内で抱え込もうとするため、実質的にアプリの統合が促進される可能性がある。

 同時に、米国連邦取引委員会は、アルファベット、アマゾン、アップル、フェイスブック、マイクロソフトなどテック大手の独占禁止法違反の可能性について調査を拡大し、今後の調査に向けて能力を増強している。また、議員らからもテック大手を対象としたさまざまな独占禁止法の強化が提案されており、M&A(企業の合併・買収)による事業拡大のリスクがますます高まる可能性がある。このような独占禁止法の圧力によって、各プラットフォームがこれまで以上に確実に既存顧客を自社アプリに囲い込み、多様なデジタルサービスへの内部投資をさらに促進させる可能性がある。

人口統計学的な変化

 米国の若年層は、モバイルゲーム、新しいソーシャルメディア、その他スーパーアプリに適したデジタルサービスへの関心が平均して高い。また、テック大手への信頼も高く、そうしたプラットフォームに個人データを共有することへの抵抗感も少ない。若者世代の消費者が成長し、購買力が高まるにつれて、スーパーアプリへの需要が高まることが予想され、メタをはじめとする企業は、すでに若者を新製品のアーリーアダプターとして明確にターゲットにしている。

 同時に、年齢の高い消費者もデジタルプラットフォームへの関心を高めている。ピュー研究所が2022年に発表した調査によると、64歳以上の米国人は、新しいデジタル技術の導入に関心が高く、スマートフォンを所有する割合が増えている。また、同報告書によると、SNS上での米国人高齢者の存在感は、2010年の約4倍になり、回答者の約半数がフェイスブック、ツイッター、インスタグラムなどのSNSを利用していると答えている。こうした傾向は、米国における統合型スーパーアプリの市場が拡大していることを示唆しており、今後もその傾向は続くと考えられる。

アプリの過多

 米国消費者のスーパーアプリへの関心を高めているもう一つの要因は、アプリの増えすぎである。散髪の予約から電話料金の支払いといったきわめて単純なことにまで、専用アプリをダウンロードさせられる。アプリを使うことによって、付加価値がある場合もあるだろうが、大量のアプリをダウンロード、設定、使用、更新しなければならないのは、非常に面倒である。

 アプリが増えすぎると、アクセシビリティの問題が出てくる可能性もある。容量の大きいスマートフォンを持っていれば、多数のアプリの使用に伴って膨大化するデータ量にも対応できる。しかし、すべての人が持っているわけではない。アプリ過多が深刻化するにつれ、統合型スーパーアプリはますます魅力的に見えてくるだろう。

技術的な変化

 最後に、現在あるスーパーアプリは、スマートフォンをベースとしたアプリのエコシステムと定義できるが、新しいテクノロジーによってまったく新しいタイプのスーパーアプリが誕生する可能性がある。

 チャットGPT、ダリー(DALL-E)、グーグルのバード(Bard)のような生成AIは、情報へのアクセス方法や、コンテンツの作成方法に新たな可能性をもたらしている。ブロックチェーンやステーブルコイン(取引価格を安定化させる目的で法定通貨と連動させた暗号資産)は、国際金融システムにおける摩擦を安全に軽減する可能性を秘めている。

 さらに、米国連邦準備制度理事会(FRB)が開発している「デジタルドル」がフィンテックのイノベーションをさらに加速させる可能性がある。メタが提供する「ホライゾンワールズ」(Horizon Worlds)のような仮想世界には課題もあるが、このような没入感のある製品が、今日のスーパーアプリを「超越」することは想像にかたくない。つまり、AI、ブロックチェーン、VRなどの分野の基礎技術を個別または横断的に活用し商用化した、補完的なツールやスーパーアプリのようなエコシステムが開発される可能性はあるだろう。

 一方で、次のスーパーアプリを構築しようとするテック大手にとって、この楽観的な見通しを複雑にする可能性があるのが、Web3である。既存の中央集権的なプラットフォームではなく、分散型ネットワークでつながることに対するユーザーの関心が高まっており、テック大手による営利目的のスーパーアプリを敬遠するユーザーが出てくる可能性がある。

スーパー「的な」アプリの登場に備えよう

 では、イーロン・マスクは、ツイッターを新たなウィーチャットにするつもりなのだろうか。それは、その野望をどう解釈するかによる。文字通りに解釈すれば、その構想は成功しないだろう。米国における次のアプリの波は、アジアを席巻したようなアプリとは異なるからだ。

 アジア以外でスーパーアプリの登場を阻んできた成長経路や市場ポジション、規制環境、文化の違いは、今後も新しいプラットフォームの展開に影響を与え続けるだろう。そのため、米国企業がアジアの大手スーパーアプリのような多様なサービスやユーザーベースを実現することは難しいだろう。

 一方、規制圧力の変化、人口統計学的な変化、アプリの過多、技術の変化などによって、米国のテック企業はすでにスーパーアプリの「簡易」バージョンをつくらざるをえないような状況に置かれている。したがって、本格的なスーパーアプリはアジア市場に限定されるかもしれないが、スーパー「的な」アプリの時代は確かに近いうちに米国に到来する可能性がある。


"Are Super-Apps Coming to the U.S. Market?" HBR.org, April 27, 2023.