2. 成功のビジョンの共有
将来の成功について共通のビジョンを描くことも、トランスフォーメーションの重要な土台となる。筆者らの調査では、成功したトランスフォーメーションに携わった回答者の50%が、ビジョンのおかげで活力を得て、さらに努力しようという気持ちになれたと答えた(うまくいかなかったトランスフォーメーションに携わった回答者の場合は29%だった)。
従業員は、いますぐに現状を打破する必要性を理解すべきであり、リーダーは、彼らに向けて説得力のある理由を提示することが、トランスフォーメーションの過程で避けられない問題を乗り切る助けとなる。筆者らの調査では、従業員の多くが、ビジョンの明確な伝達を「望んでいた」「必要としていた」と回答した。
リーダーが明確なビジョンを共有していれば、従業員も賛同しやすくなる。一方、彼らがトランスフォーメーションのビジョンや必要性を理解していなければ、成功はおぼつかない。
医療機器業界のあるマネージングディレクターは、「私がすべきなのは『今後、こういうことが起きる』と伝えることではありません」と語った。「共有できる当事者意識を醸成し、何を達成すべきかをチームに対してコーチングすることが私の仕事です。これが自分たちの、集団としての仕事の進め方なのだとチームが納得できるよう強く意識しています」
3. 信頼と心理的安全性の文化
リーダーからの信頼と配慮は、困難なトランスフォーメーションを感情的に受け入れやすいものに変えてくれる。人は誰しも極めて根源的なレベルで、他者から見られ、耳を傾けられ、話を聞いてもらうことの喜びを知っている。そうした感覚のおかげで、努力の意義を感じ、さらに頑張ろうと思い、疑念や恐れ、怒り、悲しみといった感情を和らげることができるのだ。筆者らの調査に参加した従業員は、忍耐力と「穏やかで素直な精神」を備えたリーダーを望んでいると語ってくれた。
心理的安全性の高い職場では、従業員は報復を恐れることなく、率直な意見や懸念点を打ち明けてよいと感じている。一方、信頼と心理的安全性が欠けている職場で、必要な変革を実行するよう従業員を説得するのは困難だ。たとえば、あるシニアリーダーは、自社の従業員がトランスフォーメーションに多大な恐怖心を抱いており、問題点に気づいても指摘してよいと思っていない、と語った。当然ながら、この会社のトランスフォーメーションは失敗に終わった。
4. 実行と探求のバランスを取るプロセス
トランスフォーメーションの際に、規律あるプロジェクトマネジメントによってプログラムを推進する必要があるのは明白だ。ただし、筆者らの調査によれば、トランスフォーメーションを成功させたリーダーは、実行の必要性と、従業員が探索したり、創造性を発揮したり、新たなアイデアを生み出したりする自由のバランスを取れるようなプロセスを構築していた。そのおかげで、従業員は、トランスフォーメーションの長期的な目標達成に向けた解決策やチャンスを見出せる。
匿名アンケートには「イノベーションには、適切な人材とプロセスが必要です」という回答もあった。「コラボレーションと実験的取り組みを促進するには、その両方が重要です」
また、小さな失敗をする余地を空けておくことが、最終的に大きな成功につながることも明らかになった。逆に、いかなる失敗も許されないという恐怖心があると、チャンスをつかみ損ねてしまう。
成功したトランスフォーメーションに携わった回答者の48%が、実験的な取り組みに失敗しても、キャリアや報酬に劇的な悪影響が生じないようなプロセスが用意されていたと答えた。一方、失敗したトランスフォーメーションに携わった回答者のうちで、そう答えた人は29%に留まった。
5. テクノロジーには感情の揺れ動きが伴うものだという認識
調査に参加したリーダーたちは、トランスフォーメーションで直面した最大の壁として、テクノロジーを挙げた。新たなシステムやテクノロジーが導入される際には、使い方をめぐるストレスや、仕事が奪われる、システムが遅くなるといった不安など、多くの感情と向き合う必要が生じる。
失敗したトランスフォーメーションでは、話題の中心がビジョンからテクノロジーそのものにシフトしていたのに対し、成功したトランスフォーメーションでは、リーダーはテクノロジーを、戦略的ビジョンを達成するための手段だと強調していた。また彼らは、新技術の迅速な導入を優先し、完璧を追求することなく、実行可能な最小限のプロダクトを採り入れた。そして、従業員が新たなテクノロジーを使って価値を創造できるよう、スキルアップにリソースを投入した。
「プロセスの立ち上げ時点で、シニアマネジャーを集めたキックオフセッションを行いました」と、メディア広告業界のある企業の副社長は語った。「セッションの目的は、これから構築するものが既成事実として与えられるものではなく、自分たちが設計から携わったものだと示すことでした。おかげで、積極的に反対する人を最小限に抑えられました」
6. 結果に対する当事者意識の共有
成功したトランスフォーメーションでは、リーダーと従業員が力を合わせ、変革のビジョンと結果に対して全員が当事者意識を共有できる環境をつくり上げていた。
典型的な例が、新型コロナウイルス感染症のパンデミックの際に、多くの企業が迅速に対応したバーチャルワークやリモートワークへの切り替えだ。スピードと緊急性が求められる変化だったため、リーダーは従業員と緊密に連携して新たな働き方を創造し、うまくいったことと、うまくいかなかったことに関する従業員の意見に耳を傾ける必要性に迫られた。この大規模な共同作業を通して、リーダーシップと従業員の双方が誇りを感じ、当事者意識を共有することができた。
「トランスフォーメーションの過程では、常に新しいことが起こり続けます」と、ベーリンガーインゲルハイムの企業戦略を率いるクリスチャン・ワイセンは筆者らに語った。「あなたの周囲で物事が動いていれば、支持者たちはその衝撃を和らげ、そのつど、微調整を加えてくれます。一方、物事が動かないと、あなたは一人になってしまいます」
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最後に、あらゆるトランスフォーメーションは厳しいものだという点を再確認しておくべきだ。順調に進んでいても、ストレスを感じ始めるタイミングはある。この困難な段階で求められるのは、悲観と業績不振の悪循環にはまり込むことなく、従業員に活力を与え、プレッシャーを生産的なものに変えるスキルである。
調査を通じて筆者らが感じたのは、従業員と本気で協働したリーダーほど、大きな成功を手にしているということだ。彼らは、感情を脇に追いやったり、無視したりすることなく、感情を認め、うまく管理している。最高のリーダーとは、組織全体にまたがるビジョンを描き、一緒に働きながら、互いの意見に耳を傾けられる安全な環境をつくり出すリーダーである。
「実務レベルでは、他者を極めて尊重しなければなりません」と、DXCテクノロジーのロンドンマーケット・ジョイントベンチャーのCEO、トーマス・セバスチャンは語っている。「感情の側面を理解し、このトランスフォーメーションのおかげで彼らの生活がどのように楽になるのかといった、まったく異なる視点に目を向けるべきです」
成功は成功を呼び込む。ひとたびトランスフォーメーションを成功させた従業員は、再び動き出す準備が整っているはずだ。そして、世界が変化するスピードを考えれば、組織も再び動けるよう準備を進めなければならない。
"6 Key Levers of a Successful Organizational Transformation," HBR.org, May 10, 2023.