第1に、生成AIがビジネスにもたらすものに期待を膨らませすぎないこと。

 歴史的に見て、AIも「ブレークスルー」「投資熱の高まり」「メインストリームのつかの間の関心」の段階を経て、「期待外れ」「払い戻し」の道をたどるだろう。

 1970年、影響力を持ったコンピュータ科学者であり、AIの生みの親の一人であるマービン・ミンスキーは、あと3年で汎用人工知能(人と見分けがつかないほどの認知能力を持つAI)が実現すると『ライフ』誌に語った。1970年代というと、そのようなAIに必要な計算能力はまだ存在せず、スーパーコンピュータはほとんど理論上のものだった時代だ。PCも同じで、「Datapoint 2200」とそのプロセッサーは、のちに私たちがPCとして知るようになったものの基礎的なアーキテクチャーだ。ミンスキーたちが約束した壮大な野望は実現することなく、そのため資金も関心も途絶えた。1987年にコンピュータ科学者や企業が再びAIに関する大胆な予測をして、それが外れた時にも同じことが起こっている。

 チャットGPT、ミッドジャーニー、DALL-E 2など、今日主流の生成AIツールは強力ではあるが、完成品ではない。近いうちに、その目新しさへの関心は薄れ、AIがコンテンツを生成できても、実用に堪えないことに、人々が気づき始めるだろう。医療、気候、ライフサイエンスといった分野に特化したAIツールに関しても同様で、まだ初期段階にある。生成AIが約束通りの奇跡を大規模かつコスト効率よく起こすのは、まだ先の話だ。これらのツールはごく最近までほとんど理論上のものにすぎなかったことを忘れてはならない。

 企業は、生成AIがいまの自社でどのような実際的な機能を果たすのかを明確にする必要がある。また、生成AIによって今後どのような機会とリスクが生じるかについても、現実的であるべきだ。AIは一枚岩的なものではなく、私たちは、非常に長い道のりの始まりにいるにすぎない。当たり前のように聞こえるかもしれないが、筆者の知る限り、リーダーとして現オペレーションと将来ビジョンとを結びつける現実的な戦略を策定し、それを経営陣の文化に根づかせ、それに応じて業績指標を修正している人はほとんどいない。

 最近、生成AI企業との提携を望む多国籍消費財(CPG)メーカーの経営幹部と会った時、筆者は、可能性の高い話として、あるシナリオを紹介した。顧客がチャットツールで好みや目標に関する質問に答えると、オンラインのショッピングカートにその週に必要な商品が自動的に入る。しかしそのカートには、このCPGブランドの商品は一個も入らず、入ったとしても一番手ではない、というものだ。グーグルやアマゾンのような検索エンジンが、検索エンジン最適化(SEO)のために新しいメカニズムやルールを発明したように、将来、小売りやショッピングカートアプリのような複数のプラットフォームを横断する生成AIの統合は、CPG企業に新たな課題をもたらすだろう。気がついたら決定的な判断が下されるバリューチェーンの川下にいる可能性がある。

 第2に、自社がどのようなデータを生成し、生成AIがそれを現在および将来どのように利用するのかを評価する。

 ビジネスデータは非常に貴重である。なぜなら、いったんモデルに学習させた後、そのデータを別のシステムに移植するのはコストがかかり、技術的にも面倒だからだ。現在のところ、新規のAIプラットフォームは仕様上、相互運用が容易ではない。生成AIプラットフォームは、その技術を開発した企業がエコシステムのあらゆる側面をコントロールする「ウォールドガーデン」(壁に囲まれた庭)へと進化しつつある。AI大手は自社モデルの競争力を高めるために、市場シェアを奪い合い、膨大なデータを奪い合っている。自社のプラットフォームを企業に売り込み、企業とそのデータを囲い込もうとしているのだ。

 今日のAIシステムは、「人間のフィードバックからの強化学習」(RHLF)として知られる手法を用いてつくられている。基本的に、AIシステムには常に人間からのフィードバックが必要であり、それがなければ間違った情報を学習し、記憶してしまう危険性がある。取り込むデータが増えれば増えるほど、アノテーション(注釈付け)、ラベル付け、訓練が必要になる。今日、この作業はケニアやパキスタンのような新興経済国のギグワーカーが機械のように担っている。AIが成熟するにつれ、専門家レベルの知識を持つスペシャリストが必要になるだろう。筆者が会った中で、将来、AIシステムやツールの継続的な監視、監査、調整を担う社内RHLFユニットの設置を予定しているビジネスリーダーは少ない。彼らは、人間が介入しないAIシステムが自分勝手な方法でみずからを向上させることは避けたいにもかかわらず、だ。

 訓練された人間が介在していても、企業は、生成AIシステムと協働するリスクを明確にするシナリオを継続的に作成しなければならない。これは特にサードパーティによって運用されるシステムで重要だ。なぜなら、AIシステムは静的なものではなく、時とともに漸進的に改善するからだ。進化するたびに、新たなリスクと機会が生まれる。考えうるネガティブな結果を事前にすべて抜き出そうとしても、その予測がすぐに古くなる。そしていまのところ、未来を正確に予測するためのモンテカルロ・シミュレーションを構築する方法はない。代わりに、学習中の生成AIシステムと、サイバーセキュリティ上の課題を監視し、想定される「もしも」に備える短いシナリオを作成する専門チームを設けるべきである。

 同様に、AIが進化するにつれて、新たな成長を引き出す機会も増える。したがって、新しいツールがどのようにさまざまな方法で生産性や効率を高め、製品開発やイノベーションを促進するかについて、短期的・長期的なシナリオを策定する専門の事業開発チームも社内に置くべきだ。

 第3に、AIに関しては、ボトムライン(当期純利益)からトップライン(売上高)に焦点を移さなければならない。

 多くの企業が生成AIを運用コストを削減する手段としてとらえているため、逆のように感じるだろう。現在のスマートチャットボットは、やがてマルチモーダルAIに取って代わられる。マルチモーダルAIは、同時にさまざまな問題を解決し、複数の目標を達成できるAIだ。

 たとえば、損害保険会社で新契約引受査定を行うアンダーライターがそれぞれAIとチームを組むとしよう。まずアンダーライターは、ある物件の保険を引き受けた場合のリスクをAIに評価させる。テキストで予備的な分析を行った後、インスペクションの画像や契約希望者からの聞き取りの音声を使ってその評価の精度を高める。データソースを替えながら、保険会社と顧客の双方にとって最適な提案ができるまで、このやり取りを何度か繰り返すだろう。

 マルチモーダルAIを生産的に活用するカギは、人間とAIが別々に作業するよりも、協働によってより多くのことが達成できるように、何をどのように機械に任せるべきかを知ることにある。しかしタスク委任は、企業が日常的に苦労している点でもある。委任する内容が多すぎたり、足りなかったり、適切でなかったりするのだ。マルチモーダルAIと協働するには、タスク委任の技術を習得する必要がある。

 正しいタスク委任の方法がわかれば、組織の労働力は何倍にもなる。個々のチームは、新たな収益源の提案やシミュレーション、新規顧客の発掘と獲得、企業運営全般のさまざまな改善策の模索など、会社のトップラインを伸ばす活動に積極的に取り組めるようになる。

 そうなると、これまでのアップスキリングのアプローチを変える必要が出てくる。「この先、従業員全員がコードや基本的なプロンプトを書けることが必須になる」とよく会議などでいわれているが、ほとんどの従業員にはその必要がない。むしろマルチモーダルAIを活用して仕事の質と量を高める方法を身につける必要がある。

 たとえばエクセルは、7億5000万人のナレッジワーカーに日々使用されている。エクセルで使える関数は500以上あるが、大多数の人は数十しか使っていない。それは、エクセルが提供する膨大な機能を、日々の認知タスクとどうマッチングさせたらよいかの知識が不足しているからだ。では、エクセルよりはるかに複雑に絡み合ったソフトウェアであるAIが、あらゆる場所で使われる未来を想像してみよう。アップスキリングの範囲が狭いと、どれだけのメリットをつかみ損ねることになるだろうか。