兆候を認識する

 偽りの緊急性を意図的に捏造するリーダーはいないが、気づかないうちにそれが定着し、チームの慣習となっているケースはある。偽りの緊急性をなくすための第一歩は、その兆候を認識することだ。

 あなたやあなたのチームは慢性的に圧倒され、場当たり的な対応に追われていないか。予期せぬ事態が起きるたびに謝罪するはめになっていないか。夕方以降や週末しか「本当の仕事」をする時間がないのではないか。優先順位をつけるべきだというフィードバックを受けたことがあるか。これらの問いに一つでも当てはまるものがあれば、あなたは無意識のうちに偽りの緊急性を作り出している可能性がある。

 あなたの地位の権限により、要求や何気ない一言、不用意な反応さえも、チームを何らかの行動に駆り立てる要因になりかねないという点を理解しよう。時間が経つにつれて、チームはあなたのニーズを予測し、あなたが依頼しなくても行動を起こすようになるかもしれない。このような「ジャンプ」は、最も重要な業務を脇に追いやり、継続的なストレスとバーンアウトを招き、チームのエネルギーを消耗させる。

緊急性の原因を特定する

 偽りの緊急性は成功を望む純粋な願望を反映したものだが、それは不安に根差している場合が多い。たとえば、ラムは自身のチームが短期間で最高品質のものを生み出さなければ、内部のクライアントを失望させ、非協力的だと思われることを懸念していた。オルガは異議を唱えると、献身的でないと見なされ、経営陣との関係が損なわれるのではないかと恐れていた。セブは、自分とチームが次の大きなチャンスを逃し、競争力が低下してしまうという不安を抱えていた。

「私の緊急性は主に何から生じているのか」と自分に問いかけてみよう。もしも根底に不安があるのであれば、行動に制限をかける信念を持っているせいで非生産的な行動から逃れられないのかもしれない。

 そこから抜け出すためには、自分の中の前提に疑問を投げかけ、そうした信念を再度とらえ直す必要がある。たとえば、オルガは「異議を唱えると献身的でないと見なされ、経営陣との関係が損なわれる」という信念を、「敬意を持って異を唱えることは積極的な関与の証であり、互いへの尊敬を高める」という考え方に切り替えた。結局のところ、最良のアイデアは活発な議論の中から生まれることが多いのである。

 また、リーダーが現状に疑問を持つことを怠り、偽りの緊急性を重んじる組織文化を意図せずに連鎖、永続させてしまうケースもある。偽りの緊急性の原因が何であろうと、チームのために状況を改善する責任があなたにあることに変わりはない。

冷徹に優先順位をつける

 緊急の物事よりも重要な物事を優先することの難しさは普遍的な課題であり、偽りの緊急性を生み出す主要な原因となる。研究によれば、人は最も重要なタスクではなくても、締め切りまでの時間が短い仕事を優先してしまう。状況を改善したい場面では「引き算」よりも「足し算」を選ぶことが多く、すでに費やしてきた努力が無駄になるのを嫌う傾向もある(サンクコストの誤謬)。また、ストレスを抱えていると、最も重要なことに集中するために一歩引くべきであることを忘れがちだ。

 大局に集中し続けるために役立つテクニックの一つが、心理的な距離を取ることだ。物理的な距離や時間的な隔たりのある状況、あるいは現状に置かれているのが自分以外の誰かだと想像してみよう。たとえば、「現在の1年後から見て、いま時点ですべき最も重要なことは何か」「もしもこれが他の誰かのチームだとしたら、そのチームの優先課題についてどうアドバイスするだろうか」と自問してみよう。

 加えて、すでに時間やお金や労力を費やしてきたアイデアや努力を中断することで得られる潜在的なメリットにも意識的に目を向けよう。「中止するメリットは何か。取り組みを中断しなかった場合、どのようなコストが生じるか」と自問しよう。

「引き算」が有利な選択肢であることを思い起こさせるためのリマインダーをつくるのも有益だ。この先の1年間に、チームとして省略または中止できるものをすべてリストアップするよう、チームメンバーに呼びかけよう。

戦略的に先送りする

 一般的に、先送りにはネガティブな意味合いが含まれるが、意図的に利用すれば先送りが役立つこともある。戦略的な先送りとは、作業に着手するものの、締め切りが迫るまで完了させないことを指す。これにより、時間をかけて少しずつ思考を深められ、低価値の作業を無駄に急いでこなす必要がなくなる。その結果、さまざまなアイデアを検討する時間が生まれ、洞察が深まり、創造性や革新性が高まって、最終的な成果の質も高められる。

 この戦術には期待値をリセットして、ステークホルダーとの関係を再構築する必要性が伴う。ラムのケースもこれに当たる。彼はステークホルダーの要望に応えるために、自身およびチームにより多くの時間を確保した。さらに、タイムラインについて先方に積極的に伝え、その理由も明確にすることで、ステークホルダーの期待値をうまく管理した。おかげで期待値がリセットされ、チームとして早急な問題解決に頼ろうとする度合いが減った。そして、より持続可能なペースで作業を進め、より優れた最終成果を生み出せるようになった。

社外からの依頼を吟味して、チームにバッファーを持たせる

 仕事の依頼が殺到して目が回りそうなこともあるだろう。なかには本当に緊急の依頼もあるだろうが、ほとんどのものは後回しにすることが可能だ。リーダーとして、あなたは外部からの偽りの緊急性からチームを守らなければならない。

 たとえば、上司からあなたやチームに新たな依頼が寄せられたとしよう。あなたとしては意欲を示したいところだが、リーダーは往々にして、要望に応えるために必要な労力やトレードオフに気づいていないことがある。

 新たな依頼が来たら、すぐに同意するのではなく、「もちろん必要なことは喜んでやりますが、まずトレードオフについて話し合うことは可能でしょうか」と言ってみてはどうか。結局のところ、さまざまな行動に伴うコストと利益を検討することは、戦略的思考の核心であり、効果的な経営リーダーシップの基本でもある。

 チームメンバーが外部からの依頼を多数抱えている場合には、どの依頼に対応すべきかについて明確な指針を示し、非現実的なタイムラインやチームの責任範囲外の依頼に疑問の声を上げる権限を与えるべきだ。ただし、チームメンバーが社外のステークホルダーや、さらに上級のリーダーに異議を唱えるのをためらう可能性がある点は意識しておこう。リーダーは継続的に介入し、社外のステークホルダーに「ノー」や「いまは対応できない」という意思表示をすることで、チームメンバーの努力を後押ししよう。

真の緊急性を重んじるチーム文化を育む

 チームで力を合わせて、合理的な業務ペースをつくる規範を作成しよう。どのようなものが真の緊急性に該当するか──戦略的整合性、顧客の重要なニーズ、安全面の懸念など──について具体的な基準を設定し、定期的なレビューを行い、優先順位を再評価し、偽りの緊急性の事例を特定する。また、適切なコミュニケーションチャネルを確立して、緊急性の度合いに応じて適切な対応時間の期待値を設定する。たとえば、メールに「緊急」と記されていない場合、24時間または48時間以内に返信する、という具合だ。明確な規範が定められていないと、たとえ緊急の要件でなくても、目の前の作業を中断してメールに返信してしまう可能性が高い。

 チームに対して、タスクの緊急性に疑問を呈し、偽りの緊急性の事例に気づいたらフィードバックを行うよう伝えるべきだ。リーダーに向かって異議を唱えるのは難しいと感じる人が多いため、そうした言動に対する心理的安全性を確保しよう。そして、チームメンバーから締め切りについて疑問の声が上がったら、たとえ締め切りを守らせる必要があったとしても、彼らの意見に耳を傾け、考慮し、認識すべきだ。

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 偽りの緊急性は厳しい状況を生み出すと同時に、場当たり的な対応に追われる文化を助長してしまう。時間と空間に余裕がなければ、創造的で深みのある仕事は生まれにくい。そして、すべてが緊急の要件だとしたら、そうした仕事ができる機会はほぼなくなってしまう。本稿で紹介したヒントを活用すれば、組織において本当の意味で緊急の案件に集中し、チームに強力な成果をもたらし、長期にわたり高いパフォーマンスを維持できるだろう。


"5 Tactics to Combat a Culture of False Urgency at Work," HBR.org, Oct. 17, 2023.