
-
Xでシェア
-
Facebookでシェア
-
LINEでシェア
-
LinkedInでシェア
-
記事をクリップ
-
記事を印刷
近視眼的ではない、戦略的な引き算とは
いま世界中の企業は、地政学的環境の不安定化とAIの台頭により、経済とビジネスを取り巻く不確実性が増大している時代に身を置いている。そのような厳しい状況の下では、ビジネスリーダーは、コストの削減、オペレーションの簡素化、無駄の削減など、いわば戦術レベルの「引き算」を実践しようという誘惑に屈しがちだ。
たしかに、現在のようにリソースが十分とはいえない状況に対処するうえで、引き算の行動は、時に強力な手立てになりうる。しかし、レジリエンスや認知度の向上など、他の目標を犠牲にして、効率の改善だけを目指すのであれば、近視眼的な姿勢と言わざるをえない。その点、戦略的に引き算を行えば、戦術レベルの引き算で片端からコストを削減するのとは異なり、イノベーションの推進を通じて、企業が混乱を乗り切り、さらには再浮上するための道を開ける。
本稿ではまず、企業が引き算の行動を取ろうと考えた場合に、その行動の有効性をチェックするための「3つのテスト」を紹介する。狙いは、その引き算の行動の結果として、企業が目指すべき3つの重要な目標──効率性、レジリエンス、存在感──にどのような影響が及ぶかを確認することだ。記事の後半では、この3つの目標のバランスを取りつつ、すべての目標を満たすための引き算型の変革の方法を6種類論じたい。
引き算の有効性をチェックするための「3つのテスト」
引き算を成功させるためには、効率性だけでなく、企業のパフォーマンスに関して重要なその他の複数の要素も考慮に入れて、総合的なアプローチを採用する必要がある。まず、次の問いから始めよう──「引き算により、効率性を改善し、レジリエンスを強化し、存在感を向上させることを通じて、激動の時代にイノベーションを成し遂げるには、どうすればよいのか」。2025年の複雑な環境においてイノベーションを成功させたければ、引き算を実践するに当たり、3つの互いに関連のあるビジネス上の目標を追求しなくてはならない。
・効率性:投入するリソース、時間、労力を最小化する。
・レジリエンス:大激変に対処して、中核的な機能を維持する。
・存在感:認知度を高めて、ステークホルダーにとっての魅力を高める。
効率性だけを追求して合理化を徹底的に推進すれば、システムが脆弱になり、不透明性も増しかねない。そうなれば、価値が生み出されるどころか、長い目で見れば価値が損なわれてしまう。
これは、究極のコスト削減策として「ジャスト・イン・タイム」の在庫管理法を推し進めた企業の多くが経験したことだ。そのような企業においては、コロナ禍の時期に脆弱なネットワークが破綻した結果、厳しい在庫管理によって成し遂げたささやかなコスト削減の成果は、工場の閉鎖や店頭での商品不足、顧客の不満によってたちまち消し飛んでしまった。この出来事は、レジリエンスの下支えを欠いた効率性がオペレーションのマヒと売上げの喪失をもたらすことを浮き彫りにしたといえる。
もっと痛烈な実例としては、航空宇宙大手ボーイングの経験を挙げることができる。同社は、ジェット旅客機「ボーイング737マックス」の開発で長年にわたり徹底したコスト削減を続けたことにより、設計のための時間とテストの予算を減らすことができた。しかし、市場投入後に相次いだ墜落事故により、200億ドルを超す直接的な出費が発生し、さらには、それまで何十年もかけて築いてきたブランドとしての強みが壊滅的なダメージを受けた。この一件からはっきり見えてくるように、信頼、評判、ステークホルダーの安心感をないがしろにすれば、短期的にはコストを削減できたとしても、長い目で見れば会社の存続が脅かされかねない。
つまり、効率性、レジリエンス、存在感という3つのテストのすべてに合格できないにもかかわらず、引き算を実践すれば、目先はリーンな体制を築いて成果を上げられても、将来的な破滅をもたらす重荷を背負う可能性があるのだ。
6種類の引き算型の変革
では、ビジネスリーダーはどうすれば、引き算により、効率性の改善だけでなく、イノベーションを成し遂げられるのか。筆者らは、これまで100以上の企業や組織が激変の時代にイノベーションの機会を見出すための支援をしてきた。その経験からいうと、効率性とレジリエンスと存在感という3要素のバランスを取りつつ、引き算思考を実践するための方法が6種類ある。これらの方法論は、プロセス、システム、プロダクト、サービスのいずれにも適用できる。