なぜ従業員はAIによる業務改善を隠したがるのか
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サマリー:AIによる業務改善を実現していても、従業員が職場で共有しない現象が広がっている。その背景には、生産性向上を理由とした仕事量の増加や雇用不安など、組織に対する深い不信感がある。AIによる成果を組織全体の能力へと広げるには、ツールの整備だけでなく心理的安全性の確立が欠かせない。本稿では、従業員がAI活用法を隠す心理的・構造的な背景と、組織が信頼を構築して知識共有を促すための具体的なアプローチについて解説する。

従業員がAIによる改善を共有しない理由

 ある医師(31歳)は仕事で1日に何回もAIを利用しており、勤務先で承認されているHIPAA準拠のAIツール「DoximityGPT」用に、プロンプトのテンプレートを自作していた。本人によると、そのテンプレートは「驚くほどよい結果を生み出している」という。同じツールを使っている同僚たちは苦労していた。彼らがそう言っているのだ。そして、自分のテンプレートは彼らにも役に立つはずだと、その医師は思っていた。

 それでも彼は共有しなかった。

 これは世界中の組織で繰り広げられている光景だ。KPMGとメルボルン大学が4万8000人以上を対象に実施した世界的な調査によると、従業員の57%が、職場でAIを使っていることを隠していると認めている。隠すことも問題だが、それ以上に重要なのは、人々がプロンプトのシーケンスやツールの組み合わせ、改善を重ねた手法を通じて、個人的に何を試し、実際に何を学んでいるかということだ。

 もちろん、知識を囲い込む行為は、組織には以前から存在していた。なぜ従業員は情報や懸念、アイデアを隠すのかという「組織的沈黙」の研究も確立されている。しかし、そうした研究は主に、悪い知らせや倫理的な懸念、業務上のリスクといった問題が隠されることに焦点を当ててきた。

 しかし、AIがもたらしたのは、解決策が共有されないという新たな問題である。個人的にワークフローを工夫して3時間かかっていた作業を20分に短縮でき、その工夫を組織内で共有せずに済む場合、沈黙がもたらす経済的な影響は、これまでとは比較にならないほど大きくなる。

 かつて生産性向上の成果は、組織全体へと自然に広がるものだった。共有システムや標準化された業務プロセス、正式なツールに組み込まれ、改善の成果が構造的に広がる仕組みになっていたのだ。

 しかしAIの時代には、最も価値の高い改善の多くが個人の試行錯誤から生まれる。1人の従業員が、クライアントにそのまま提出できる成果物をごく短時間で作成できるプロンプトのシーケンスを見つけたり、正式な業務プロセスでは対応しきれていないボトルネックを回避する方法を考案したりする。これらの知見は持ち運びが可能で、個人で改良しやすく、自分だけのものにしておくことも簡単である。

 こうした「シャドーAI」の利用に対し、多くの組織は利用ポリシーの策定や承認済みツールのリスト化、監視といったガバナンスの強化を進めてきた。これらはたしかに合理的な取り組みである。しかし、対処すべき問題を見誤っている可能性がある。

 筆者らの研究によると、AIに関する知識が共有されない背景には、目に見えにくい要因として、組織に対する信頼がある。従業員が自分のAI活用法を明らかにした時に、自分の仕事や業務量、社内での立場がどのように扱われると考えているか、という問題である。

 従業員がリーダーや組織を信頼していない場合、情報を共有しようとせず、パフォーマンスの向上より自己防衛にエネルギーを振り向け、個人の洞察を集団の能力へと転換するためのチームの学習プロセスから距離を置くようになる。AIはこうした力学の影響をこれまで以上に大きくする。

 ある調査では、従業員がAIの利用を隠す理由として、お馴染みの動機が挙げられた。同僚より優位に立ちたい、自分の生産性を開示すれば仕事を増やされるのではないか、手法が文書化されれば自分のポストが削減されるかもしれない、社内のAIポリシーに抵触するかもしれない、自分の能力を疑われたくない──。

 これらの理由は、別の調査結果を理解する手掛かりにもなる。アンソロピックの調査ではプロフェッショナルの69%が、職場でAIを使うことには社会的なスティグマがあると回答した。同社のClaude CodeやオープンAIのCodexのようなエージェント型のコーディングツールによって、価値の高いツールを個人で開発することは、かつてないほど容易になっている。

 最近の議論は、AI導入をめぐる従業員の不安を和らげることに焦点が当てられている。しかし、AIが組織文化の真価を試しているという点は見過ごされがちだ。AIの導入率にばかり注目するリーダーは、より重要な問いを見落としかねない。すなわち、従業員は自分が見つけた工夫を安心して共有でき、かつ共有するメリットを感じているのだろうか。

試行がルール違反に見える時

 AIに関する知識が共有されない背景には、組織が2種類の失敗を混同していることがある。ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)教授のエイミー C. エドモンドソンによると、その一つは「非難に値する逸脱」だ。組織に損害を与えるような形でルールを無視したり、手抜きをしたりする行為である。もう一つは、その対極にある「称賛に値する探索型の試行」だ。既知と未知の境界で試行を重ね、その過程で生じた失敗から価値のある学びを得る行為である。組織が後者を前者と取り違えると、最も奨励すべき行為を罰することになる。

 従業員は、自分の組織に公式のAIポリシーや承認されたツールがあるかどうかにかかわらず、新しい業務でAIを試したり、プロンプトを改良したり、自分なりのワークフローを構築したりしている。こうした取り組みが「探索型の試行」である。そして、その試行から得た結果を共有しようとするかどうかは、組織を信頼して自分が学んだことを安心して共有できるかどうかに、大きく左右される。

 実際、スタンフォード大学デジタルエコノミー・ラボが企業のAI導入事例51件を調査したところ、AI導入で最も難しかった課題の77%は、技術そのものとは関係がなかった。その要因の一つとして研究者たちは、懐疑的なチームから信頼を得ることの難しさを挙げている。