最後に、一部の人々に懸念されてきた問題、すなわち、首尾よく成長できる企業だけを扱う企業成長の理論というのは、そもそもいわゆる「同義反復」ではないかという問題について、一言触れておこう。多くの企業は成長しない。そしてそれはさまざまな理由による。すなわち、企業者精神の欠如、非効率な経営、不十分な資本調達能力、環境変化への適応力の欠如、稚拙な意思決定の繰り返し、あるいは企業のコントロールの及ばない諸条件に由来する単なる不運などである。私はこのような企業については関心がない。なぜなら私は、成長のプロセス、および成長率の限界にのみ関心をもっており、したがって、本当に成長する企業にだけ関心をもっているからである。私は、アナリストが特定の企業を調べて、その企業の成長の可否についてあらかじめ述べることができるような理論を提示しようとしているのではない。首尾よく成長するために必要かつ十分な条件を述べることは簡単だが、ある企業がこれらの条件を満たすかどうかをいかにして決めることができるのだろうか。実際には、前もってそれを決めることはできず、企業が成長するかどうかがわかるまで待たなければならない。したがって、問題をこのような形で提示しても得るところはほとんどないのだが、実は問題をそのように提示する必要もない。私は、特定の企業が成長しうるかどうかを決定づけるのは何かということではなく、まったく別のことを問おうとしている。すなわち、成長しうる企業があると仮定するならば、その成長を支配する原則は何か、そしてどれだけ速く、またどれだけ長く成長できるのか、ということである。言い換えれば、ある経済に拡張の機会が存在すると仮定すると、何がこの機会を活かす企業の種類を決めるのか、またどの程度なのだろうか。利益の見込める投資の機会がある限り、企業成長の機会は存在するのである。
この問題は、たとえばある樹木の成長の見込みを診断するという問題と似ていなくもない。たとえば、調査をもとに、一定の識別できる条件が改善されなければ、また、一定の環境条件が満たされなければ、この樹木は成長しないだろうということは可能である。しかしこの樹木が、起こりうるあらゆる変化に耐えられるかどうか、また、そうした変化が成長にどの程度影響するかを前もって明言することは決してできない。次の冬は厳しいかもしれないし、春の雨は少ないかもしれないし、あるいは虫害が発生するかもしれない。企業にとって企業者精神に富んだ経営陣は、それなしでは継続的な成長が不可能となる1つの識別できる条件、すなわち後述するように、これは継続的な成長のための1つの必要(十分ではないが)条件である。われわれの分析は成長している企業者精神にあふれた企業だけを対象とするが、それゆえ堂々巡りするということはない。
(第6回 は「第2章 理論における企業」を紹介します)
The Theory of the Growth of the Firm, Third Edition
by Edith Penrose
Copyright c Edith Penrose 1995
All right reserved
The Theory of the Growth of the Firm, Third Edition was originaloy published in English in 1995.
This translation is published by arrangement with Oxford university Press.
【連載バックナンバー】
第1回 半世紀を超えて、なお読み継がれる理由
第2回 企業成長の議論はいかにして展開されたか
第3回 「企業の境界」をどうとらえるか
第4回 企業成長のプロセス
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企業の成長要因が、自社の資源であることを理論的に分析した経営書の古典的名著。著者ペンローズは、企業は自社内の人的資源の成長によって成長することを、本書で理論的に分析した。つまり、社員の能力アップやノウハウの蓄積、経営者の力こそ、企業成長の源泉である。『GMとともに』『組織は戦略に従う』と共に今日の経営学の礎を築いた必読書。A5判上製、371ページ、定価(本体4500円+税)
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