少なくとも現在のところ、大企業は小規模な企業を相手に効果的に競争できないとはいえない。また、大企業は、官僚主義的な非効率性や規模に対処する上での経営陣のまったくの無能力ゆえに破綻しやすいともいえない。逆に、大企業は非常に成功しているようにみえるし、また、増大する規模に合わせて管理の枠組みを調節し適応させるのに十分な時間が与えられた場合は、非効率的に経営されるという証拠はまったくない。管理組織を分権化する手法は高度に発展を遂げてきた。また、最高経営陣の職務は明らかに、組織全体を把握して運営することではなく、いくつかの決定的に重要な領域に関与すること、および組織の「トーン」を整えることである。業務のコントロールは、大部分が会計的手法を通じて行われている。それは、確かに高度に集権化されてはいるが、「調整」という職務を完全に別個の枠組みにおいているため、調整を行う際には広範囲にわたって機械的な手法を使うことができる。

 明らかに、企業の大規模化にともなって生じているのは、企業が非効率化しているということではなく、規模の増大とともに、経営者の職能と基本的な管理構造とが、「有機体」そのものの性質に深く影響するような根本的な変化を経験しているということである。きわめて小規模な企業ときわめて大規模な企業の管理組織の違いは、多くの点でこれら2つを分類学上の「種」とみなしたときに同一の「属」に分類できるものだと思えないほど大きい。両者はともに同じ機能を果たすため同一の分類に属すべきだということになるとはいえ、機能の果たし方は明らかに異なっている。やがてこの違いは、両者をともに「企業」と呼べるとすれば、それはどのような意味でなのかを考えなければならないほど大きくなるかもしれない。言い換えれば、企業が効率性に照らして「大きくなりすぎる」ということがあるかどうかという質問が間違った質問なのである。なぜなら、大企業がより大きく成長すればするほど非効率になると仮定する理由は何もない。むしろ、それらを別のものとして捉えなければならないほど、その組織が大きく異なったものになる可能性の方がはるかに大きい。われわれは蝶の幼虫を定義して、同じ定義を蝶にも使うことはできないのである。(後半につづく)

(最終回 は「第2章 理論における企業」後半を紹介します)

The Theory of the Growth of the Firm, Third Edition
by Edith Penrose
Copyright c Edith Penrose 1995
All right reserved
The Theory of the Growth of the Firm, Third Edition was originaloy published in English in 1995.
This translation is published by arrangement with Oxford university Press.

 

【連載バックナンバー】
第1回 半世紀を超えて、なお読み継がれる理由
第2回 企業成長の議論はいかにして展開されたか
第3回 「企業の境界」をどうとらえるか
第4回 企業成長のプロセス
第5回 継続的な成長の要件を求めて

 

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