「グローバル統合(効率性)」と「ローカル適合(柔軟性)」はトレードオフであり、ひとつの組織がこの2つを追求することは難しいと考えられる。ところが、グローバル企業の典型であるGEは、この2つを両立させた。GEなどを事例に「両利きの経営」について論じる。

GEのリバース・イノベーションにみる「トレードオフ」

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淺羽・茂(あさば・しげる) 早稲田大学ビジネススクール教授。1985年 東京大学経済学部卒業。94年 東京大学より、博士(経済学)取得。99年 UCLAより、Ph. D(マネジメント)取得。学習院大学経済学部教授を経て、2013年より現職。 主な著書に、『競争と協力の戦略』(有斐閣)、『日本企業の競争原理』(東洋経済新報社)『経営戦略の経済学』(日本評論社)、『ビジネスシステムレボリューション』(NTT出版)、『企業戦略を考える』(日本経済新聞出版社)『企業の経済学』、(日本経済新聞出版社)『経営戦略をつかむ』(有斐閣)

 GEが2000年代半ばに行った2つのイノベーションは、人々を驚かせた。1つはインドの農村に向けた1000ドルの携帯型心電計。もう1つは中国の農村部に向けたノートPCを利用する1万5000ドルのコンパクト超音波診断装置。なぜ驚きがあったかといえば、後で述べるように典型的なグローバル企業と思われていたGEが、インドや中国といった進出先市場の特性に適した製品を、現地のチームが主導して開発したからである。

 国際経営の分野では、多国籍企業には2つの相反する圧力が働くと考えられてきた。1つは、効率性を高めるために、進出する複数の国の間で共通性を追求しようとする力(グローバル統合)。もう1つは、進出国間の異質性に着目し、各国の特性に適合しようとする力(ローカル適合)。どちらの圧力が強いかは、進出国あるいは産業によって異なる。多国籍企業は、強い方の圧力に対応するように、戦略や組織構造を決めるべきだといわれる。

 ローカル適合の圧力に対応しようとする企業は、各進出国に権限を移譲し、経営資源を分散させる。進出先市場のニーズを満たす製品が開発され、進出先の国に適したビジネスモデルが採用される。このような企業は、マルチナショナル企業と呼ばれる。

 他方、グローバル統合の圧力に対応する企業は、世界をひとつの市場とみなし、各国に共通の製品を供給することで、生産や調達における規模の経済性を実現し、効率的な事業運営を目指す。このような企業はグローバル企業と呼ばれる。コカ・コーラやマクドナルドがその典型だし、GEもグローバル企業の代表選手とみなされていた。