マルチナショナル企業とグローバル企業とは、権限移譲、資源配分、製品開発などすべての面で異なるので、ひとつの組織がグローバル統合による効率性とローカル適合による柔軟性とを追求することは難しいと考えられる。つまり、「グローバル統合(効率性)」と「ローカル適合(柔軟性)」とはトレードオフなのである。ところが、グローバル企業の典型であるGEが、ローカル適合的な製品開発を行ったので、人々は驚いたのである。

 当然予想される通り、インドや中国の市場に向けて開発された上記2つのイノベーションには、多くの困難がたちはだかった。これについては、GEの会長であるJ. イメルトらが、『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』(注1)でも述べている。

 まず、GEは、2つの思い込みを打破しなければならなかった。それは、新興国市場も先進国と同じように発展していくという思い込みと、新興国固有のニーズに対応した製品は先進国では成功しないという思い込みである。

 この思い込みに支配されていたグローバル企業GEは、グローバル統合に対応した組織構造、意思決定プロセスを確立していた。ゆえに、新興国市場に適した製品を開発しようとしても、いろいろな干渉が入る。グローバル製造の責任者は、グローバル製品の方が効率的に生産できると反対した。マーケティングの責任者は、GEブランドに傷がつくのではないかと懸念した。CFOは、低価格品では全社の利益率が引き下げられるのではないかと不安視した。R&D部門の責任者は、なぜグローバルなプロジェクトから資源を割かなければならないのかと文句を言った。

 そこでGEは、地域で開発を行うローカル・グロース・チーム(LGT)を立ち上げ、経営陣直轄にした。LGTとグローバル事業との対立をトップマネジメントが仲裁することによって、LGTをグローバル戦略担当者による圧力から防御したのである。そうして初めて、新興国発のイノベーションがGEで生まれたのである。

 これはいわゆるリバース・イノベーションであり、新製品はインドや中国だけでなく、後にアメリカ本国でも発売され、新たな利用法も生まれてヒットした。リバース・イノベーションは、GEの人々の思い込みを打破するという意識改革のカンフル剤としての役割を果たし、GEの成長を促した。それ自体素晴らしいことだが、ここで注目すべきは、GEがとった、グローバル統合とローカル適合というトレードオフのマネジメント方法である。

 グローバル統合に適した本体組織のなかで、新興国市場に合った製品を開発するのは軋轢が大きい。それゆえGEは、LGTというスペシャル・チームを作り、本体とは異なる目的を追求させた。さらに、本体からの干渉を避けるために、LGTは本体から隔離されたのである。