組織を分けて複数の目的を追求する「両利きの経営」

 考えてみれば、このように組織の分離によるトレードオフのマネジメントは、以前から頻繁に行われている。たとえば、効率性と創造性はトレードオフである。効率性を重視する企業は、無駄を許容する創造性を抑制せざるを得ない。そこで、しばしばとられるのは、本体とは別の組織を作り、そこでもっぱら創造性を追求させるという方法である。創造性が要求される新規事業を社内ベンチャーという別組織で遂行する場合などがこれに当たる。

 もっとも有名な社内ベンチャーの1つが、IBMのPC事業であろう。大型コンピュータの事業を効率よく行う(官僚制的な)既存組織のなかでは、他社におくれをとっていたPC事業を素早く始めることができないと考えたIBMは、本社から地理的にも離れたフロリダ州ボカラトンに、PCの開発を行う社内ベンチャーを立ち上げたのである。

 本体とは異なる目的を追求するために別組織を作るという方法は、「両利きの経営(Amnidexterity)」研究で言われる二重構造(dual structure)と同じであろう。組織論の大家であるJ. G. マーチは、組織学習には新しい可能性の探索(exploration)と既存の知識の深耕(exploitation)の2つがあり、この2つはトレードオフであるが、組織が存続するためにはこの2つの組織学習を適切なバランスで維持しなければならないと述べた。その後、何人かの研究者が2つの組織学習を行う方法を追求し、両方を巧みに行うことを「両利きの経営」と呼んだ(注 2)。右利きでも左利きでもなく、両手を器用に使えることをたとえに使ったのである。マーチ以降の研究者は、探索と深耕の2つを別々の組織に担わせることで、「両利きの経営」ができると主張した。

 たしかにトレードオフ関係にある2つの目的を同時に追求する場合、組織を分けてそれぞれに異なる目的を追求させるという方法はしばしばとられる。しかし、別組織を作るだけでは十分ではない。上述のGEでもIBMでも、地理的に離れたところに別組織を作ったが、それでも既存組織からさまざまな干渉があった。既存組織による圧力・干渉から逃れて、新規組織が自分たちなりのやり方で自由に事業をするためには、トップマネジメントの保護が必要であった。

 IBMの社内ベンチャーには後日談がある。PCの開発は成功したが、IBM本体の官僚機構は、PC事業がいつまでも独立独歩を続けることを許さなかった。そのため、次第にPC事業の独立性は薄められていった。それにつれて、PC事業では創造性も抑制されていったのである。

 いくら別組織で行うからといっても、本体と全く無関係に活動できるわけではない。別組織も、本体に蓄積されている技術やブランドなどさまざまな経営資源を利用しようとする。すると、本体も干渉したくなる。また、別組織が成功して新たな知識を生み出したら、それを本体が吸収・融合したくなる。吸収されたら別組織が窒息するし、独立性を強調しすぎると融合はできない。「両利きの経営」研究をレビューしたZ. シムセックは、2つの組織の間には構造的な独立性が必要であること、しかし同時に、共通の資産を有効活用するために、別々の組織が共通の戦略的意図、価値、結合メカニズムによってつながっていることが必要だと指摘している。