1.言葉を飾る作業をやめ、意思決定に取り掛かる
マーサ・レイン・フォックスは2010年6月、キャメロン首相よりイギリスの「デジタル・チャンピオン」(デジタル化を推進するリーダー)になるよう依頼された。この時マーサが、みずからの役割と目的について、曖昧な説明に終始してしまう可能性はいくらでもあった。たとえばこんな具合だ。「そうですね、私の役割は、イギリスをデジタル化が進んだ国へと発展させ、今世紀に起きている大転換に向けてデジタル面の体制を整えることです」。しかしマーサとそのチームは、次のような戦略的意図を掲げた。「2012年の終わりまでに、イギリスの全国民がインターネットにつながるようにする」
この明確な目的により、チームは何をやるべきか、そして何をやらないかをしっかり把握できた。おかげで職位にかかわらず、こんなふうに誰もが反対意見を表明できた――「でもこの新しいアイデアは、目的の達成につながるでしょうか?」。そしてキャンペーンの提携企業・団体は、何百万人ものネット環境を整える取り組みを大きく加速させることができた(同キャンペーンの効果に関するキャップジェミニ・コンサルティングの調査報告は、こちらの英文PDF)。この明確性は、目標が達成されていなくても称賛されるべき明確さである。キャンペーンの結果、数百万もの人々がネットにつながったが、2012年末までにネットを使わない人々も数百万人残されていた。とはいえ、そもそも戦略が明確でなければ、事後の厳密な評価を行うことさえできない。
指針を策定する時には、「この言葉を使うべきか、それともこっちの言葉がいいか」などと考えてしまいがちだ。それをやめて、トレードオフについて考えよう――「1つしか手に入らないとしたら、欲しいのはXか、それともYか」。これを正しく実行すれば、1つの戦略的意図は1000の意思決定を可能にする。
2.「目的が達成されたことを、どう知るのか」を自問する
人の心を動かすといえば、よく思い起こされるのはマーティン・ルーサー・キング・ジュニアの高潔な名文句だ。しかし「具体性」もまた熱意を呼び起こす力がある。私にこのことを鮮明に示してくれたのは、ビル・ミーハンだ。マッキンゼーで30年にわたり企業のCEOと経営陣に戦略の助言を行ってきた彼は、現在はスタンフォード大学ビジネススクールで「非営利組織の戦略的経営」という講座を教えている。彼が私たち受講生に与えた課題の1つに、非営利組織のビジョン/ミッション・ステートメントを評価するというものがあった。
100以上もの例を読んでいくなかで、壮大だが心に響かないステートメントがいかに多いか私たちは思い知らされた。たとえば「世界から飢餓を撲滅する」というものがあったが、スタッフがたった5人の組織が掲げるミッションとしては空しく感じられた。中途半端な理想主義ばかりが目につくなか、途中で1つの明快なステートメントが現れ、誰もが即座に理解し心を動かされた。それはやや意外な社会起業家、ブラッド・ピットによるものだった。
2007年、ハリケーン・カトリーナに襲われたニューオリンズで復興が遅々として進まないことに失望した彼は、メイク・イット・ライト財団を設立した。その目的は「ニューオリンズの下9区に住む世帯のために、手頃な価格で、環境にやさしく、ハリケーンへの耐久性を持つ家を150戸建設する」。このステートメントは教室の空気を一変させた。目的が具体的で限定的なので、現実味に富む。現実的なステートメントは人の心を動かす(2014年5月時点の公式サイトの情報によれば、100戸の建設が完了している)。壮大だが漠然としたミッションよりも、具体的な戦略的意図のほうがよいという好例だ。優れた戦略的意図が人を動かす理由の1つは、「達成されたことをどう知るのか」という疑問に答えているからである。
3.明確性を極限まで追求する
経営幹部は往々にして、必要十分な戦略を打ち出せたと判断した時、その戦略が「わりと明確」であると言う。だが眼鏡をかけている人なら誰でも、「わりとはっきり見える」レンズと「非常にはっきり見える」レンズでは大きな違いがあると知っている。集中と明確化を重視していると言う人でも、その基準は低すぎることが多い。「わりと明確」とは方向性がおおよそ明らかである状態だ。「真に明確」な場合には、「何をやらないか」が明らかになっている。この違いを示すバロメーターとして、iPodにおけるアップルの戦略的意図を考えてみよう。アップルは「素晴らしいデジタル音楽プレーヤーをつくる」とは言わなかった。「1000曲をポケットに入れて持ち運べる」ようにしたいと言ったのだ(それを語るスティーブ・ジョブズの動画はこちら)。
戦略を明確にすることは、容易ではない。トレードオフについて厳しく自問すること、問題の本質にせまるために深く集中すること、そして他の選択肢を切り捨てる真の勇気を持つことが必要だ。しかし努力するだけの価値はある。本当の明確性を手に入れれば、個々人とチーム、組織が一丸となり、現状を打破して次の段階へと進み、偉大な達成を遂げることができる。
HBR.ORG原文:If I Read One More Platitude-Filled Mission Statement, I'll Scream October 4, 2012
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グレッグ・マキューン(Greg McKeown)
シリコンバレーでリーダーシップと戦略のアドバイスを行うTHIS Inc.のCEO。2012年には世界経済フォーラムにより「ヤング・グローバル・リーダー」に選出された。著書にはEssentialism: The Disciplined Pursuit of LessおよびMultipliers: How the Best Leaders Make Everyone Smarterがあり、ともにベストセラー。