国民性の違いが、長期的な成功のチャンスをもたらす
入山 統合における学びを妨げるものとして、日本企業のマネジメントの型も挙げられます。バーレット=ゴシャールのIR (Integration-Responsiveness)フレームワークでいうと、一般に日本の大企業、特に製造業は中央集権主義で本社が開発したものをグローバルに展開する「グローバル型」で、子会社に何人も人を送り込み、言う事を聞かせたいと考える。そのため、先進的なグローバルカンパニーのような世界統合的な経営を目指す「トランスナショナル型」や、多くの欧米企業のように現地に権限委譲して決定させる「マルチナショナル型」よりも、M&A後に子会社から学ぼうという姿勢が薄くなります。

日置 トランスナショナル型やグローバル型でいうような仕組みでの統合ではなく、実際は人的に押さえ込む感じですが、発想は確かにグローバル型ですね。先ほどお話したように、買収した海外企業についてはコントロールをあきらめ、分けて考えてしまっている場合もありますが、自社で展開した子会社は本社の「飛び地」みたいな感覚で、日本と同じにすることを前提としてしまっています。
入山 その感覚が、長期的な成功を阻んでいるかもしれません。国際経営学で大事な指標の一つが国民性の差で、それが遠いか近いかを示すホフステッド指数という指標を使い、M&Aと国民性に着目した研究があります。
日置 ホフステッド指数は興味深い指標ですよね。一概に地理的な距離ではなく、実は日本人はハンガリー人やポーランド人と近いとか、スウェーデン人と遠いとか、意外な文化的な親和性の度合いが出てきて。
入山 そうですね。そのホフステッド指数とM&Aによる市場の評価の関係を分析した最近の研究で、新しい結果が得られています。
これまで国際経営の学者がM&Aの効果を図るのに使っていたのは、アナウンス後の短期の株価効果を検証するCAR (Cumulative Abnormal Return)という指標で、市場の短期的な評価を図るものでした。その指標に基づくと、国民性の離れた企業を買収した際には、国民性の違いがコンフリクトを生むことや、統合がうまくできないことを市場はリスクと受け取り、評価はマイナスになるという研究結果でした。
ところが、3年程度の長期で株価推移を見るBHAR (Buy and Hold Abnormal Return)という新しい指標を使ったインド商科大学院(Indian School of Business)のシャクラバラートが『ジャーナル・オブ・インターナショナル・ビジネス・スタディーズ』に発表した論文では、国民性が離れている企業を買収したほうが、評価はプラスと出たそうです。
日置 面白い結果ですね。異質なもののほうが短期的にはぶつかるけれど、長期的にうまく消化できれば、組織に新しい視点をもたらし新たな価値を生み出すというわけですね。違う国民性という異質なものを取り込み、企業の成長につなげていくことも、ポストPMIに関係する重要な発想の一つですね。
入山 おっしゃる通りです。それから、シャクラバラートのもう一つの解釈は、同質の国民性を持つ企業の場合は安易に買収するけれど、異質になればなるほど慎重にデューデリジェンスして、相手を見極めているはずだというのです。その両面の効果が、統計分析にもしっかり表れています。
日置 その点でいうと、日本企業も自分が取り込もうとしている異質をしっかり理解し、受け入れ、自身も学ぶ姿勢が必要ですね。そもそもの同質性が高い環境で長くやってきているので、かなり高い壁になると思いますが。
入山 経営学では、ボードメンバーやマネジメントが多様化していると、クロスボーダーM&Aがうまく運びやすいという研究もあります。その意味では、外国人を社長やボードメンバーに起用するというのも、その素地を築くうえで有効といえるかもしれません。
日置 そうした経営層の覚悟と努力があるから、国民性の遠い企業でも統合し、新しい視点が浸透していくのですね。マネジメントレベルが変わらないのに、現場レベルの意識だけ変えようというのも無理があるのかもしません。日本企業の方々にも、こうした最新の研究成果をもっと伝えていきたいですね。グローバルへの適応をかなえるためのM&Aが本当にその狙いを成就させるためには、買収した企業から学び、異質を積極的に取り入れるインテグレーションの力が重要ですから。