戦略の実践において、グローバル企業が組織論の知見をどのように活用しているかを見ていくと、社内・外のネットワークに関する巧みなマネジメントが浮き彫りになる。気鋭の経営学者とコンサルタントがそれぞれの視点から議論し、インサイトを導き出す対談の第7回は、この観点から、新たな価値を生み出す組織のあり方について考える。
イノベーションの組織論
日置 前回はグローバルで経営を回していく上で、法人ベースのハコありきの発想から、欧米グローバル企業の標準になっているファンクションベースにシフトする必要があると議論しました。この点においては、グローバル企業では一定の型ができあがっているように見えますが、他方で今日のような不確実性の高い競争環境では、新たな価値を生み出し続ける組織であることも求められます。
入山 イノベーションの組織論、とでも言いましょうか。国際標準の経営学でも、どのような組織がイノベーティブな成果を生み出しやすいのか、定量的な実証分析を含めて多くの研究がなされています。
日置 組織のカタチとしては、1つの企業内に留まるものだけでなく、社外を含めたネットワークで新しいものを生み出していくことが注目されていますね。
入山 ネットワークにも様々なものがあって、日本では自動車のケイレツのような、垂直的で固定的なネットワークはけっこう前からあるんですよね。それに対して、欧米グローバル企業やスタートアップ系は、もっとオープンで流動的なネットワークでイノベーションを起こそうとしています。
日置 いわばネットワークの旧型と新型ですね。ここからは、新たな価値を生み出す組織のあり方を、<1>企業内部における機能配置、<2>旧型の固定的なネットワーク、<3>新型のオープンなネットワーク、という観点で考えてみたいと思います。
<1>企業内部における機能配置
入山 企業内で新たな価値を生み出す組織については、以前(第4回)に紹介した、両利きの経営(Ambidexterity)を、組織論から見ることがヒントになると思います。
日置 既存の「知の深化」と、新しい事業を起こすのに有効な「知の探索」を両立させる組織、というわけですね。日本企業では盛んに、新規事業開発室やイノベーション推進室などのハコが作られていますが、そこからイノベーションが生まれたという話はほとんど聞ききません。前回もハコ発想の弊害として機能の重複を挙げましたが、これらも、すでに中央研究所や各事業の研究開発部門がそれぞれハコとしてのミッションを持っている上に、もう1つ別のハコを作ることになるので、中途半端な位置づけになってしまいがちです。
入山 「両利きの経営」研究の第一人者であるハーバード大学のマイケル・タッシュマン教授は、米国の新聞産業が斜陽になった時に、いち早くデジタル化に動いたUSA Todayの取り組みを両利きの好例としています。しかしこのケースでも、やはり最初は社内に新規事業開発本部を作って、うまくいかなかったんですね。それを打開したのは、新しく来た社長が「既存ビジネスと新規ビジネスのルールが一緒なのはおかしい」と、短期的に成果がでなくても新規事業開発に継続して予算をつけるようにしたことでした。
日置 ハコの課題ではなく、リソースアロケーション(資源配分)を課題と捉えて、配分のルールを分けたのですね。当然、Go/Non-Go判定はシビアにしなければなりませんが、企業の未来に影響を与えるような活動への傾斜配分は必要です。デュポンのDifferential Managementという投資資源を配分する仕組みでも、長期の未来を見据えたリソースアロケーションが重視されており、近年は農業・食料分野に資源を集中することで、売上の約3分の1を占めるビジネスにまで育て、事業ポートフォリオのシフトに成功しています。