現代版の自由と規律のバランス
日置 大きな組織の中でうまく実験体を持つ取り組みが、グローバルカンパニーにおいてあらためて注目されているようです。GEは、リーンスタートアップのコンセプトを取り込んだFastWorksとして、顧客と一緒に製品やサービスの種を探し、スピード感をもって育てる枠組みを導入しています。デュポンも、イノベーションセンターで自社の技術と顧客の技術を掛け算することで新しいアイデアを創出し、その実現に向けたチャレンジをしているようです。
入山 ハイアールでも、顧客に向き合っている部署それぞれが自律的に動き、その部署間でも取引のような相互作用を促す仕組みがあり、コーポレートはそれをサポートする役割に徹して、小さい単位で自由に走れるようにしているそうです。そのような企業のあり方を最新の経営学に照らすと、企業を「知の探索の集合体」と捉えられるかもしれません。企業は、常にトライアンドエラーを繰り返して、その中で徐々にいい方向や立地を見つけていく実験体であるという見方です。
日置 かつては日本企業でも、“ヤミ研”のような非公式のものを含めた小集団活動がたくさんあり、そこからイノベーションも起きていたのですが、効率や費用対効果などの方向だけで絞った結果、健全な自由がなくなってきてしまっている気がします。その点、有名な話ではありますが、3Mでは「15%ルール」として勤務時間の15%は自分の興味のある研究に使ってよいとされ、また、Googleでも技術者は20%を好きなプロジェクトに使うと言っているように、グローバルカンパニーは社員の創造性を仕事の仕方として「仕組み化」するのがうまいですよね。特に3Mでは、15%を何に使っているのかを上役が知ることはなく、きちきちと時間を計ることすらしていないようなので、仕組みを超えてカルチャーレベルにまで昇華させているようです。
入山 近年ではシリコンバレーの企業の方がうまく仕組み化できていて、以前は日本企業がインフォーマルにしていたことを、今はこういった先端企業がフォーマルにやっているなというのが私の実感です。逆に言えば、日本企業はもともと持っている小集団活動のような自由なカルチャーを、現代の競争環境に適したかたちに仕組み化するのが下手という見方もできるのですが。
日置 先端企業が思い切って自由を取り入れられるのは、一方で相応の規律があるからではないかと思うのです。自由を広げれば広げるほど、企業として一つの力にまとめ上げるマネジメントの力量、それをバランスする規律が重要になります。
入山 そのバランスはとても大切で、経営学ではそれを、既存の知の深化と知の探索を両立させる「両利きの経営」(Ambidexterity)と呼んでおり、私の著書『世界の経営学者はいま何を考えているのか』(英治出版)でもいちばん反響の大きかった概念の一つです。伸び伸びと探索させつつ、大きな規律でキュッと締め、社員の創造性や小集団の機動力を組織の力に結びつけるような高い次元でのグローバルマネジメントの規律が求められているのでしょうね。
日置 そうした大きな規律の一例といえるのかもしれませんが、グローバルカンパニーでは、事業やプロダクト、アカウントやプロジェクトまで、あらゆる切り口で数値データが見られるようになっているのがスタンダードです。実際に見るかどうかは別として、トップマネジメントが自分のプロジェクトの進行状況や数字を簡単に確認できる状態にあるという事実は十分に緊張感を与えるものです。一般にいわれているよりは0か1かの世界ではないですが、だめなものはバッサリといきます(笑)。
入山 小集団活動も仕組み化され、規律もそのように仕組み化されることで、両方が一定のレベルを保っているのですね。
日置 もう一つ、束ねる力として、メッセージやストーリー作りも大事だと考えています。自社だけでなく、他の企業やソーシャルセクター、そして社会までをも巻き込むようなストーリーのうまさです。例えばIBMは、時流に先んじて、 “Smarter Planet”というコンセプトを打ち出しました。勿論これは外に対するムーブメント創りが主眼なのですが、同時に大きな流れに向けて社内を束ねていくメッセージにもなるのです。
入山 Planetといえば地球上全てを巻き込みますからね(笑)。そのスケール感で「両利きの経営」ができるようになれば、日本企業がかつて持っていたバランスの巧みさをグローバルレベルに引き上げることができるのではないでしょうか。
日置 今は、どちらかといえば窮屈にしすぎる方向に振れているので、本当に日本企業や日本人に小集団活動が向いているとしたら、規律はありながらも、企業を実験体として捉えて1.5列目を狙う柔軟性を持てるようにしたいですね。