日本企業の中期計画は中途半端
日置 ところで、グローバルカンパニーが、実験体をうまく持ち、小さな買収も重ねながら「種」を見つけられる根底には、企業自身が未来の社会の潮流を読み、その中で経営リソースを活かして立つべき事業領域を定め、自社の将来像を描けることがあると見ています。
先ほど挙げたIBMは、テクノロジー企業ですから、もともと技術トレンドを研究していたのに加え、10年ほど前からは未来の社会動向を見定めることにも本気で取り組み始めました。外部の有識者からの知見、社員やその家族、顧客からのアイデアまでも取り入れて。それをGlobal Innovation Outlookとして取りまとめ、公開もしていますが、先行きを見定めた上でR&Dや時にはアライアンスを行い、BD (Business Development)を実行しています。
入山 不確実性の高いシュンペーター型の競争になるからこそ、「読み」は大切です。例えば経営学では、「Long Term Orientation(長期志向)」が注目されつつあります。同族経営でも、リーダーの発言が長期志向で、長期的な見方で事業に向き合っている方が、業績がよい可能性があるといわれています。
日置 第2回で変身のための基点を持つ企業としてデュポンを取り上げ、コアバリューのお話をしましたが、それに加え彼らは、「次の100年を存続し続けるため」という超長期志向で、人口動態や社会動向、自然環境の変化などのメガトレンドを読み、自社の持つ技術を考慮して立地を見極め、事業ポートフォリオを組み替えています。日本企業は長期的経営といわれてきましたが、その頃とはビジネス環境が異なり、また、多くの大企業で創業者の時代から時間が経ち、経営陣が数年の任期でサイクルしている現在では、それが薄れてしまっている気がします。
日本企業も、未来を示す情報の解釈の仕方を身につけ、その上で「自分たちの本当の得意技は何か?」というところに立ち返ると、強みを持つ技術領域を外部のリソースと組み合わせて育てられるような賢いフォロワーへの道も開かれると思います。
入山 グローバルカンパニーでは、そのような超長期的なビジョンと、四半期くらいの短期で足下の利益を継続的に確保することが両輪になっていることを以前日置さんに教えてもらいましたが、日本企業には「中期」という単位がありますよね。長期と短期をうまくつなぐものになっているならば、機能すると思うのですが。
日置 グローバルカンパニーにも「Mid-term Plan」はあって、長期的に描いた将来像をある程度数字に落とし込み、短期の事業計画に結びつける位置づけになっています。年数は2~3年が多いと思いますが、内容も数字も固定的ではなく、毎年見直されます。毎年それができることの背景を考えるとすごいと思います。
一方で、日本企業は中計が大好きで(笑)、IRで開示されていることも多いですが、大抵3~5年の固定的な計画で、在任期間がグローバルカンパニーよりも短い傾向にある経営者の所信表明みたいになっているような気もします。しかし、本来、10年単位でプロジェクトが進行する重工系企業と、毎日新しいサービスが出てくるIT系企業では、見るべき時間軸がまったく違います。客観性を持って、事業の足掛けの長さと、競争環境がいつどのようにシフトしていくかを考えながら、自社にとっての「Mid-term」を見極めないといけない。
入山 なるほど、今の中期計画は、中身も時間軸も中途半端かもしれないですね。最近、ビジネスパーソンには業界間を俯瞰的に評価する客観性が欠けているとあらためて感じたことがあったんです。早稲田大学ビジネススクールの学生に、「自分の企業が属する業界の将来を予想する」という課題を与えたら、クラスの約80人全員が、「ウチの業界は厳しい」と悲観的な予想を出してきました(笑)。みな30代半ばくらいの優秀なビジネスパーソンなのですが、日頃、自分の企業や業界の中の情報にしか接していないから、どの業界でも「自業界の先行きは暗い。とにかく競争は厳しい」となるわけです。
日置 それは大変だ。まずその空気から変えないと(笑)。一方で、業界の先行きには悲観的なのに、それぞれの企業の売上やシェアの目標は楽観的すぎて、辻褄が合っていないと思うこともありますね。
入山 おっしゃる通りです。競争の厳しさも業界によって濃淡があるので、さまざまな業界の人とつき合わないと、「厳しいといってもあの業界ほどではない」「ウチの業界はまだこの辺に事業機会がある」とか包括的な見方が難しいですよね。
日置 その意味では、グローバルカンパニーの日本法人の方とお話しすると、彼らは日本市場をミッションにしているという制約はありますが、「日本にはまだこの分野で事業機会がある」、あるいは「日本で培ったこのビジネスは今後世界のどこそこで応用できる」など、きちんと現実を把握した上での前向きな見方をしていると感じます。
入山 第1回でも議論したように、何となくグローバル、何となく海外という見方をしてしまっている日本企業は、日本の実情はよく知っているはずという意識があって、あらためて色々インプットして考えてみようという姿勢が足りないのかもしれませんね。
日置 取捨選択できることが大前提になりますが、外部からのインプットが多いと、自分たちの現在地と方向性を吟味することができます。逆に情報が限られていると、目の前の事しかわからないので、間違った戦いに飛び込む危険があります。これからの時代、日本が世界で稼いでいくためには、ますます「読み」が大切になるので、日本企業には、慣例的な時間軸や業界の枠に縛られず、大局的かつ客観的に環境を見ることに意識的に取り組んでほしいですね。