経営学者と経営コンサルタントが日本企業のグローバル経営について議論する本連載は「覚悟のないグローバルはやめる」という宣言からスタートし、11回にわたってマネジメントの変遷と未来を大局的に見据え、グローバル先進事例と比較しながら日本企業の課題をあぶり出してきた。日本企業は明らかに後れを取っている。だが悲観ばかりもしていられない。最終回は、グローバル市場における日本的経営の可能性を探る。

「阿吽の呼吸」のよさを
「阿吽の仕組み」に乗せる

日置 この連載では、日本企業のグローバル経営のあり様について、欧米を中心としたグローバル企業と比較しながら、時に厳しい問いを投げかけてきましたが、今回は、日本と日本企業の可能性をどのように見出していったらよいか、前向きに考えてみたいと思います。

入山 章栄

入山 そうですね。自己否定だけでなく、ちゃんと可能性を見極めたいですね。

日置 「日本らしさ」はグローバル化できない言い訳のように使われている場面もあるように感じますが、それを乗り越えることは本当にできるのでしょうか。

入山 経営に重要な本質は、欧米でも日本でも根本的にはあまり変わらないはずです。それをうまくできている企業は、日本ではオーナー系に多いと思っています。

日置 たしかに、オーナー系の企業は、「企業の顔」がはっきりしているように思います。製品やサービスが知られている だけではなく、新しいことに挑む会社などのイメージも含めて。創業者の場合には、彼らの顔が強く印象に残り過ぎるきらいはありますが(笑)、経営において 「顔=らしさ」は大事です。GEが「アメリカらしさ」だけではなく「GEらしさ」でグローバルを束ねるように、創業家の影が薄れたり、祖業から離れたりしても、日本らしさの前に、その企業らしさは何なのかをあらためて問う時期に来ていると思います。

入山 オーナー系の企業はうまくやっていると言いましたが、一方で経営が属人化していて、仕組みになっていないのが課題ですね。

日置 日本の経営、あるいは日本人の経営の特徴と言えるのかもしれませんが、同質性の高い環境で「阿吽の呼吸」で情報を集め、共有しながら、経営してきたところがあります。しかし、グローバル企業にあってはダイバーシティの進行が速く、「阿吽の呼吸」では意思疎通が十分に図れないため、情報収集や共有、様々なレベルの判断に必要なルールやプロセスを仕組み化してきました。僕はそれを「阿吽の仕組み」と呼んでいます。

入山 うまく経営するために持っているロジックやメカニズムは同じで、それを「人で実現する日本企業」「仕組みで実現する欧米グローバル企業」というわけですね。創業者には情報が集まってきますし、当然のことながら企業の理念やビジョンを軸に意思決定するからぶれない。

日置 コアバリューについては、人事評価制度、といっても短期の業績評価ではなく、中長期的なプロモーション(昇進)の仕組みに落とし込んだりもしていますしね。一方で、自社の進む方向性やビジョンは、グローバル企業でもタウンホールミーティングなどの「口伝」を多用しています。これについては、日本企業よりもしつこいかもしれません。
 日本の大企業の多くは、創業者の時代はバブル前後には過ぎていますし、創業者のいる企業もやがて世代交代を迎えます。創業者の属人的な求心力で培ってきた優れた経営を、仕組みで再現し、それをグローバルで実現できるようにアップデートするということですね。

入山 もう一度創業者の時代に戻れないのだから、仕組みとしてそれを叶えていくと。

日置 グローバル企業の経営には何か秘訣やマジックがあるように期待されることも多いのですが、彼らはごく当たり前の仕組みをきちんと設計し、脈々と運営しています。普通のことを普通にやり続けているだけなのです。

入山 グローバルで成功している欧米企業は、地味なことでも実にしっかりやりますよね。すぐに成果を求めると思われがちですが、そういう基礎体力を培う努力は、むしろ日本企業よりも愚直なほど続ける印象です。

日置  結局、大きな判断は人がするものです。しかし、グローバル企業ではそこに至るまでの情報はリアルタイムに近しいタイミングで正確に上がってくるし、プロセ スも管理されているから、経営レベルの議論のスタートポイントが高次元になり、経営者の目線は過去の実績ではなく未来の方向性に重心を置いた判断ができる のだと思います。