産業の元来的姿への発展的回帰

日置 時間軸を長く遡ると、実は大企業が出現する前は、誰もがネットワーク型でビジネスをしていたのではないかと思うのです。工業の機械化に伴う工場制や、重工業の発展による資本の集積を背景に、欧州を中心とした多国籍企業や米国の新興企業が巨大化しましたが、それはこの1世紀あまりのことです。繊維業の家内制手工業の家族企業を問屋が束ねていたモデルは、旧型のネットワークに近い構造といえます。
 織機を前身とするトヨタと系列企業の関係にはそのような発想があり、トヨタ自身は大規模化しながらも、ケイレツというネットワークもうまく使う稀有な存在になったのではないかとも想像します。

入山 それは面白い仮説ですね。企業の大規模化は、内部化により取引費用を減らす、規模の経済を獲得する、資金やロジスティクスなどの資源を確保しやすくなるなどのメリットがありますが、それは近年のある限られた期間でのことなのかもしれません。

日置 この対談で以前「競争の型」の話題になりましたが、規模の経済で参入障壁を高め寡占状況を作り出すことが高い収益性に繋がる「IO型の競争」では、規模による効率性を追求するモデルがフィットしていましたが、不確実性が高くイノベーションが重要な現代では、必ずしもそれが強みとはいえなくなってきています。

入山 「シュンペーター型」の想定する競争環境ですね。アップルがデザインや設計、ブランドマネジメントなどだけを内部を持ち、製造は外部に委託しているように、ものを作る企業ですら、ものづくりを外部に出してしまうほど、競争力の源泉はイノベーションにシフトしてきています。

日置 その競争力を高めるために、イノベーションを追求したグローバル企業が行き着いたのがネットワークでの価値創造だとすれば、それは興味深いことです。もちろん、繊維業のネットワーク型の時代は、環境の変化は穏やかで、技術革新もゆっくりでしたから、ネットワークも安定したものだったのでしょう。それに対して、現代の経営環境に適応するのはよりオープンで柔軟なネットワークという違いはあるのかもしれません。とはいえ、発展的に回帰していると見ることもできますね。
 一方、日本企業は、大企業としてすべての機能を抱え、アイデアも自前に固執し、その成功体験から抜け出せずにいます。内向きの日本企業にとっては、すべてが内部で完結するほうがマネジメントしやすいということもそれを助長しているかもしれません。

入山 IO型や、あるいは技術力などで差別化されたものづくりに注力する「チェンバレン型」の競争環境を得意としてきた日本企業には、かなりチャレンジングな転換が求められていますね。日本企業がハコに縛られた組織論で悩んでいる間に、グローバル企業はオープンなネットワーク型まで発展させて、新しい価値を生み出せるように変わってきています。「イノベーションは結局リーダーシップ」という言葉に象徴されるように、価値をシフトするためには、その方向を見定め、強力にそれを牽引するリーダーが不可欠です。

日置 それこそがリーダーの役割でしょう。そういうリーダーを育てるために、グローバル企業では、全体目線から自社の提供価値を考え、その実現に向けたリソースシフトの実行においてリーダーシップを発揮できるように、一定レベル以上の選抜されたリーダー候補たちには横断的なローテーションを経験させ、出自の事業しかわからない蛸壺的な視野に陥らないようにしています。日本企業では、特定の事業や技術「一筋」というリーダーがまだ多いことが、価値のシフト、そして、企業全体を見通した変革のリードをしにくくしてしまっています。 そこで、次回は、難しいテーマであることは承知の上ですが、あえて日本企業の変革論に挑んでみたいと思います。