ステップ3:ストレスを利用する

 大方の考えとは違い、体のストレス反応とは、人に死すら感じさせるほど苦しませるようにはなっていない。実際、人類の進化におけるストレス反応の役割は、心身の機能を高め、必要な物事を成し遂げて成長できるよう私たちを助けることだ。体はストレスに直面すると、アドレナリンやドーパミンといったホルモンを盛んに分泌する。それらが血液や酸素と一緒になり、脳と体を活性化させる。その結果、私たちはエネルギーと注意力を高め、意識を集中させる。

 ストレス反応は時には有害にもなる。だが多くの場合、ストレスホルモンが分泌する化学物質は細胞の再生、たんぱく質の合成、免疫力の向上などの効果をもたらし、成長に寄与する。その結果、体はさらに強く健康的になる。この効果は研究者の間では「生理学的成長」と呼ばれ、そのメリットはスポーツ選手であれば誰もが知っている。

 したがって、問題はストレス反応自体ではなく、それをどの方向に向かわせるか、どう利用するかである。そして「ストレスは何らかの形で有益なものだ」と捉え直すだけでも、効果的になりうるのだ。

 たとえば心理学者のジェレミー・ジェイミーソンの研究では、試験前の不安を有益なものとして捉え直すよう求められた学生のほうが、本番で好成績を上げた。またハーバード・ビジネススクール教授アリソン・ウッド・ブルックスの研究では、不安を興奮として捉え直せば、交渉や重要なスピーチなどでのパフォーマンスが向上することが明らかになっている。

 しかし、ストレスを利用する最善の方法が、それほど明白でない場合もある。特に、状況が長期的であったり複雑であったりする時だ。たとえば配偶者や上司との間で対立が長引いている、複雑な病状を患っている、あるいは最愛の人が最近他界した、といった状況を考えてみよう。

 ここでカギとなるのは、ストレスに内在するチャンスと学びをただ受け入れることだ。悲しみや傷心と無縁で生きていく人などいない。これらの困難を人生の一部として経験することは、次のような効果につながる。精神力の強化、人間関係の深化、認識力の向上、新たな視点の獲得、達成感、より前向きな人生観、意義・やりがいの感覚、優先順位をつける能力の向上などだ。

 実際、一部のリーダーシップ研究者たち(特にハーバード・ビジネススクール名誉教授アブラハム・ザレズニック)は、哲学者で心理学者のウィリアム・ジェームズが唱えた「生まれ変わる人(twice-born)」の概念を取り入れている。すなわち、偉大なリーダーには「人生においてトラウマ的な出来事を克服してきた経験を持つ」という共通点があるという。(注:ウィリアム・ジェームズは人の性格を、「生まれ落ちたままの人〈once-born〉」と「生まれ変わる人〈twice-born〉」に分けた。前者は平穏な人生を送ってきたために物事を前向きに見る傾向〈healthy-minded〉があり、後者は苦難を経験してきたために病める魂〈sick souls〉を持つ、という説。)

 これについてはシールズも、近年増えている戦闘任務のなかで身をもって学んできた。クローニン元中佐はこう語っている。「派遣任務が次々と続いた数年で、シールズ内でPTSD(心的外傷後ストレス障害)が増え続けました。そしてわかったことがあります。心的外傷後成長(PTG)について学び、『これらのつらい経験が、どう役立つのか』と自問すること。みずからの経験を引き受けて背負い、それらを将来のエネルギーとして使うこと。これらが、個人とチーム、そして組織を成長させる強力な手段となります。“たとえストレスがあっても”ではなく、“ストレスがあるから”強くなれるのです」

 私たちの社会は総じて、ストレスを潜在的に有益なものと捉えることができず、ストレス体験から学んで成長するチャンスをしばしば逸している。我々は、すべてのストレス要因を良いものと見なすよう提唱しているわけではない。しかし、人生にはどうしても、避けられない困難が起こるものだ。それらを克服するための力強い味方として、ストレス反応を受け入れてほしい。


HBR.ORG原文:Stress Can Be a Good Thing If You Know How to Use It September 03, 2015

■こちらの記事もおすすめします
再起力が問われるのは、大きな危機より、日々の人間関係だった
ストレスの意外なメリットを享受する法

 

アリア・クラム(Alia Crum)
スタンフォード大学の心理学助教。物事に対する主観を変えることで、行動的・心理的・生理的なメカニズムを通じていかに健康とパフォーマンスが向上するかを探究している。

トーマス・クラム(Thomas Crum)
著述家、セミナー指導者、パフォーマンス・コーチ。対立を関係強化に、ストレスを活力に、そしてプレッシャーを最適なパフォーマンスに変えるための支援をしている。