第2回では、日本企業に求められているのは、ガバナンス問題の中核に位置する取締役会の実質化だと述べた。しかし、取締役会の実質化は会社運営の改革抜きには困難なことは明らかだ。今回は、これまでの慣行や発想を大きく変えるために、どのような挑戦があるか、それを明らかにしていく。
 

取締役会――事前の「ご説明」から説明・実質審議へ

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川本 裕子(かわもと・ゆうこ)
早稲田大学ビジネススクール教授。 東京大学文学部社会心理学科卒業。オックスフォード大学大学院開発経済学修士課程修了。東京銀行、マッキンゼー&カンパニー東京支社、パリ勤務等を経て現職。
現在、三菱UFJフィナンシャルグループ非執行取締役、東京海上HD社外監査役、トムソンロイタートラスティディレクターを兼務。これまでに金融審議会委員、金融庁顧問(金融タスクフォースメンバー)、内閣府統計委員会委員などの政府委員や、取引所・銀行・証券・製造業・IT企業・商社等の社外取締役を務めてきている。

 経営は、「虫の目」と「鳥の目」がバランスよく揃ってこそ可能だとよく言われる。取締役会の資料がどれも「虫の目」的であると、なかなか「鳥の目」の議論がしにくい。執行側が細かい実務の情報の中から経営の最重要課題をピックアップして議論する、という習慣が日本企業ではまだまだ一般化していないのかもしれない。

 日本の経営者は従業員の延長で、取締役会も現場の延長だ、という話をよく聞くが、そうだとすると発想の転換は容易ではない。現場重視が強調される日本では時にボトムアップが幅を利かしすぎる場合がある。ボトムアップの小さな判断の積み重ねで、部下が上司の真意を想像し、「原則に合った判断」よりも、「上司がうなずく判断」を選んでしまうと、ますます組織は間違った方向に進んでしまう。

 取締役会をセッティングする事務局側にも工夫が求められる。大企業でも(官庁でも)「ご説明」はよく行われている。「根回し」とも言われ、日本の美風とも言われる慣習だ。しかし、多くの大企業の執行側から見て、取締役への「説明」とは、「情報提供」というよりも「(結論も含めて)分からせること」「わかるように教えること」の意味で使われている印象がある。前提にあるのは執行側が既に決定している事項に対して議論の余地はない、と言う考え方だ。本来、「説明」「報告」「審議」は意味が全く異なる。取締役が取締役会で実質的な議論をすることは想定していなかったとも言える。

 取締役会では、目的を共有しつつ、冷静に、異なる意見を統合していく会議体のスキルが求められているのであり、出席者の中で多様な意見が自由に出合うことが大事である。執行側による事前の「説明」があったとしても、それはあくまで正確な知識を提供して取締役会の議論の質を高めるのが目的であり、特定の結論に導くものではないはずだ。経営課題を適切に議論する技能、それが多くの日本の取締役会に求められていると言える。