実務家が最も知りたいことは
未開拓領域にある
「経営戦略とは何か」という議論において、経営戦略の書籍や研究で十分には取り上げられていない未開拓領域が数多く存在する。特にそれは、日々の戦略の実践であり実行である。なかでも個別具体的な事例においてどのように創発的な経営戦略を実践していくのかは、いまだ答えの見えないフロンティアである。
戦略の実行には、個別具体的な要素が多種多様に入り込む。そのため、ある産業の、ある企業の、ある事業の、ある商品の、ある側面に対する経営戦略に対して、一般化された理論で答えを出すことは極めて難しい。
伝統的な経営戦略の定義では、実行は「戦術」の範疇であり、定義の外にあると考えられてきた。一方で、経営戦略の書籍に羅列される「競争優位」「垂直統合」「多角化」といった用語だけでは、おそらく大半の実務家には遠すぎるのではないか。彼らが何よりも知りたいことは、具体的にどう実行するのか、だからである。
ただし、すでに戦略の実行におけるノウハウが浸透している部分もある。
たとえば、伝統的な戦略計画とそれに紐づく予実管理においては、各部、各事業に流し込まれた数字をどう満たすかに関して、半自動化された業務プロセスが完成している企業も多い。月次や週次を締める前に、期ずれや未達をできる限り未然に防ぐために、調整弁として機能できる細目を活用するような小技は、現場に太く継承されている。経営戦略の中でもプランの要素、特に予算計画や経営計画の立案の実行に関しては、ある程度一般化された回答が存在するのである。
しかし、特に創発的な戦略を議論しようとすると、その実行を担保する枠組みや考え方は十分に提供されていない。現実問題として、多くの経営戦略は具体性と細部を欠いて提示され、そして意思決定される。提示されたプランとしての方向性を、現実の事業や商品サービスに落とし込むまでには、果てしない距離があるのだ。
その溝を埋める創発的な戦略形成のプロセスは、その定義からして流動的であり、個別の学習プロセスの中から独自に生まれるものである。したがって、一様の理論的説明からその答えを提示することは難しい。結果的に、実務家は経営雑誌やケース討議資料から個別具体的な事例を学び、ときにコンサルタントの助言にも耳を傾けながら、ほぼ独自にそれぞれの実行策を試行錯誤の中から実践しているのが現実ではないだろうか。
こうした背景をもとに、実務家の間では、仮説指向計画法、デザイン思考、リーンスタートアップ、ストーリーによる戦略構築といった創発的な経営戦略につながる考え方が評価され、それが理論的な検証が不十分なままに実践されているという状況が生まれているのである。
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本記事ではここまで、経営戦略をめぐる議論のズレの原因となっている、「経営戦略」という言葉が示す概念の多義性を議論してきた。
たしかに、経営戦略として最もオーソドックスなものは、事前策定される計画かもしれない。しかし実際のところ、それは経営戦略の骨格の一部にすぎない。これだけを指して、「経営戦略は役に立たない」「現実とはそぐわない」「意味がない」と否定するのは誤りである。
経営戦略を日夜考えるスタートアップや、日本経済の中核である伝統的な日本企業においては、草の根の実践の繰り返しで次第に形成される組織の方向性が、結果的に経営戦略と呼ばれる組織の道筋となることが多々ある。そのため、経営戦略を狭く捉える実務家の多くは「経営戦略は役に立たない」と言う。
しかし、経営戦略は事前に立案されるプランとしても存在するが、観測された行動のパターンとしても存在する。予算計画と予実管理のような数値で明確に示されるものもあれば、論理的に見えないような行動も含めて、創発的に草の根から形成されていく戦略も存在するのである。より広く経営戦略を定義して、創発的と呼ばれる戦略の形成プロセスも、またプロイと呼ばれるような戦略の考え方も、科学的かつ論理的に捉えることでズレを解消し、科学の知見を実学の実践に役立てることができるはずである。
次回は視点を変え、歴史的視座を通じて、経営戦略の発展を概観していく。時系列を追いながら、経営戦略がどのようにその議論を深めていったのかを考えたい。
【本記事の要点】
• 経営戦略の中核は「特定の組織が何らかの目的を達成するための道筋」
• これをつくり出すためのHowが、外部環境分析と内部環境分析の2本柱
• 「特定の組織が、何らかの目的を達成するために、外部環境分析と内部環境分析からつくり出した道筋」は広く受け入れられうる経営戦略の定義
• 「道筋」は、未来の見取り図とも、過去の行動の集合とも理解しうる
• 外部や内部環境の分析以外に、状況依存する意思決定が再注目されている 。そのため創発的な戦略や意思決定当事者のプロイ(策略)は、経営戦略の本質を議論するうえでも避けられない。
• 経営戦略が、戦略の実行、特に創発的経営戦略の実践については、依然として未開拓のまま取り残されている事実がある。
【著作紹介】
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