組織全体にイノベーションが必要

伊賀 泰代(いが・やすよ)
キャリア形成コンサルタント
兵庫県出身。一橋大学法学部を卒業後、日興證券引受本部(当時)を経て、カリフォルニア大学バークレー校ハース・スクール・オブ・ビジネスにてMBAを取得。1993年から2010年末までマッキンゼー・アンド・カンパニー、ジャパンにてコンサルタント、および、人材育成、採用マネージャーを務める。2011年に独立し、人材育成、組織運営に関わるコンサルティング業務に従事。著書に『採用基準』(2012年)『生産性』(2016年)(ともにダイヤモンド社)がある。
ウェブサイトhttp://igayasuyo.com/

伊賀:そうなんです。そもそも「グローバル人材」という言葉、英語にならないんですよね。Global staffとか Global employeesとか、事務的な人事区分みたいな言葉にしかならず、「こうなりたい!」という姿を示せません。 

 ほかにも、日本人が好きな言葉で「チームワーク」というのがありますけど、これも人事評価項目として出てくる言葉ではない。評価されるのは一にも二にも、リーダーシップ。ネスレでは日本法人でもリーダーシップを重視されていますか?

高岡:そうですね。でも、ネスレがリーダーシップを本当に重視するようになったのは、20世紀の終わりから21世紀に入った頃からです。その背景としては、イノベーションが起こりにくくなったということが、一番大きい。日本で言うところの大企業病みたいなものが、ネスレといえども蔓延し始めたんです。

 ネスレは150年も前から、小国スイスを出て、世界中でビジネスをやってきました。日本の企業に比べたら、海外展開で1世紀のアドバンテージがありますから、人の持つ経験値の積み重ねが圧倒的に違うんです。産業革命が起こって、初めて先進国が生まれたわけですけど、20世紀初頭は日本も含めて大多数がまだ新興国で、先進国はほんの一部だった。

伊賀:日本も80年代までは新興国ですよね。1985年のプラザ合意までは為替もすごく安かったし。

高岡:そう。その圧倒的大多数の新興国で、ネスレはずっと稼いできたんです。ところが、最近になってBRICsはスローダウンするし、世界経済を引っ張ってきた新興国の伸びが鈍ってきた。それによって、ネスレが株主に表明してきた年5%の成長もままならなくなってきた。

 そのあたりから、リーダーシップの重要性について盛んに言うようになったんです。これからは新興国だけではなくて先進国も含めて、イノベーションをもっと起こして成長していく。そのためには経営全般の変革が必要だし、強力なリーダーシップなくしてそれは成し得ない。

伊賀:なるほど。日本は今ようやく従来のやり方ではもはや成長できないと気づき始めたくらいですが、ネスレのような欧米のトップ企業の場合、何十年も前にそういう状況に直面し、そこでイノベーションの必要性を認識したんですね。

 あと、欧米企業でイノベーションと言えば技術だけでなく、組織や人材管理、もちろんマーケティングや販売方法でもイノベーションを起こそうとしますよね。そこが「イノベーションといえば技術の問題」だと思っている日本企業との大きな違いだと感じます。

高岡:商品とかビジネスモデルだけじゃなくて、人事制度を含めてすべてのファンクションにイノベーションが必要。ネスレの中でも日本は最たるもので、人事制度は極めて日本的で、基本的に戦後につくられた仕組みの上に乗っかって今までやってきた。それでは、イノベーションは起こせないんです。

伊賀:私も人事分野のイノベーションは重要だと思うんです。人の働き方、評価の方法、もちろん採用の方法も含めて、どんどん新しい方法を模索していく必要がある。そこから変えないとビジネスプロセスも商品も変わらない。

 日本では、技術や研究分野ではイノベーションが大事と言うけれど、管理部門では無駄を省いて効率化、みたいな話ばかりしています。そういう分野で大きな変革を起こさない限り、組織力で世界についていけない、次の成長機会をつかめない、という危機感が薄すぎるのではないでしょうか。