顧客が気付いてない問題を解決するのが
「マーケティング経営」
高岡:食品メーカーの立場で言うと、日本は世界でも競争が一番厳しい国で、だからマーケティングを中心としてさまざまなイノベーションに取り組んできました。グローバルに見ても、ネスレグループの中でイノベーションという点では日本が先頭を走ってきました。
それがほんの2年くらい前の話になりますが、ではネスレ全体でどうやってイノベーションを起こしていくのかとなったときに、そもそもイノベーションとは何かという点について役員の認識が必ずしも一致していないことに気付いたんです。
ですから、まずはイノベーションをどう定義するかということから始めなくてはならなかった。そのとき、役員会議で僕が最初に投げ掛けた質問は、「イノベーションとリノベーションの違いって何ですか」「それぞれの定義は何ですか」ということ。
リノベーションよりイノベーションのほうが圧倒的に大きな変革だということはみんなわかっている。でも、「具体的にどう違うの」と聞かれると、簡単に答えられますか?
そこで私は、マーケティングの第一人者であるフィリップ・コトラー氏(ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院教授)と一緒に、その定義をはっきりさせようと考えました。
伊賀:コトラー教授はなんと答えられたのでしょう?
高岡:実は、コトラー氏も、はじめは「グローバルに通用する明確な定義はない」と仰っていました。それで、私とコトラー氏でいろいろ議論した末、行き着いた結論としては、「顧客の問題解決こそがマーケティング」であり、「顧客が気付いていない問題を発見して、それを解決したとき、初めてイノベーションが生まれる」ということです。
伊賀:顧客が言ってきた問題の解決ではなく、まだ気が付いていない問題を解決するというのがポイントですね。
高岡:市場調査をした結果、出てくるような問題は、だいたい顧客も気付いている問題なので、それを解決してもせいぜいリノベーションにしかならない。気付いていない本質的な問題の解決こそがイノベーションなのです。
B to Cビジネスの会社だったら、顧客は消費者だし、B to Bビジネスの会社であれば取引先。会社の中のファンクションを考えても、人事の採用担当だったら学生、総務だったら基本は社内の人間が顧客。その顧客が気付いていない問題解決こそがイノベーションだと定義すれば、すべて説明できる。
伊賀:そうですね。人事も経理も法務も、リノベーションではなくイノベーションが必要だと思います。
高岡:サプライチェーンを担当する部門でも、ファイナンス部門の人でも、誰かのために働いているわけだからみんな顧客はいる。そう考えれば、イノベーションはすべての部署で起こし得る。それを私は「マーケティング経営」と名付けました。20世紀までは管理する経営、つまりマネジメントの時代でしたが、21世紀は顧客の問題を解決し、新たなバリューをつくるマーケティング経営にシフトしなきゃいけない。今、それをネスレ本社の役員と共有しているところです。