時間差で敗れる伝統的日本企業
まず、同じ事業領域で競争する日本企業と海外企業を幾つか比較し、時間の重要性を考えてみよう。
たとえば、独シーメンスは半導体部門であるインフィニオンを1999年に分離独立させた。2001年には連結対象から外し、事業特性の異なる半導体事業から手を引いた。その後、シーメンスは自社が得意とする産業機械領域で業績を伸ばし、独立したインフィニオンも車載向けパワー半導体などで業績は良く、営業利益率12%(2016)を叩き出している。また、2012年、シーメンスはいち早く太陽光発電事業からの撤退も決めている。1年前から不採算になったこと、目標ROCE(使用資本利益率)15~20%に達する見込みがないことを理由にした素早い意思決定だ。
一方、日本の場合、日立製作所と三菱電機が半導体部門を分社・統合し、事実上、本体から切り出したのは2003年であった。そしてさらに7年後、2010年にNECが合流してルネサスエレクトロニクスができ、2014年にようやく黒字化した。日立製作所は、その後、IT強化、グローバル化、そしてインフラ事業への回帰を進め、三菱電機はファクトリーオートメーションや昇降機に経営資源を集中するものの、両社の営業利益率は一桁台半ばに留まっている。このように日独企業双方の動きには数年のタイムラグが存在し、業績の格差が存在している。
家電業界においては、2000年代初頭、フィリップスが、AV事業・液晶パネル事業などから撤退した。フィリップスは、かつてパナソニックと日本で合弁事業を行ったり、ソニーと共にCDやDVDの規格を作った欧州における電機の名門である。これら事業からの撤退後は、すばやく医療機器分野でのM&Aを進め、B2Bの医療機器メーカーとして復活を遂げている。一方、B2Bビジネスへの転換を急ぐパナソニックがプラズマディスプレイの生産停止したのは2014年のことだ。ここには10年以上の開きがある。
事例からわかるように、日本企業は海外企業に比べ数年遅れでの意思決定を行い、結果的に厳しい状況に陥りがちなのである。