「デジタル」という言葉が叫ばれて久しくなった昨今、デジタルに関心をもたない企業は皆無であり、どの企業も何がしかデジタルに関連する取り組みを進めようとしている。ただし、利益創出に資する真のデジタル化を実現できている企業は非常に少ない。むしろ、利益創出のための“手段”であるはずのデジタル化自体が“目的”となってしまっているケースが多い。

本稿では、日本の小売業界を対象として、真のデジタル化を阻害し利益創出を減衰させてしまう3つの壁について取り上げる。

 BtoCの消費者接点を担う小売業界はデジタル化の最先端を進んでおり、実際、各企業はデジタル領域への投資を強化しているものの、デジタル化に向けた取り組みを利益率向上にまで結び付けられている企業は少なく、他業界の比較においても、総じて低い利益率が続いている。(図表1)

出所:財務省 法人企業統計調査

1.ビジネスインパクト見極めの壁

 デジタル化投資の恩恵を十分に享受できていない企業が直面している1つ目の壁は、「ビジネスインパクト見極めの壁」である。

 これは「デジタル」という新しい概念に関わる取り組みであることから、どうしてもつい目新しいものに飛びついてしまい、投資とそこからの成果であるビジネスインパクトの見極めが緩くなってしまうというものである。

 例えば、昨今、流行りとなっているデジタルソリューションで“カメラ画像での店内動線分析”というものがある。Webの閲覧履歴によって最終購買までの顧客動向も把握可能なECと異なり、リアル店舗では最終購買に至るまでの顧客の動向が把握できない。そのため、企業がPOSシステムからでは把握できない顧客動向に関心を寄せるのは自然であるし、ソリューションからのアウトプットも無味乾燥なデータの一覧だけではなく、ヒートマップなどビジュアルにも凝っていて、端的な言葉で言えば、カッコよく、新しい概念である「デジタル」を体現するソリューションに映る。

 ただ、デジタルの領域においても、ここで問うべきは、カッコよさや目新しさではなく、その投資からのビジネスインパクトである。当然、この事例においても、このソリューションから得られる「顧客動線の可視化」をどのように業務に結び付け、どの規模の利益創出を実現するか、が事前に検討されるべきであるが、デジタルの領域の投資においては、そういったビジネスインパクトの見極めが緩くなってしまいがちである。

 また、個別案件の投資判断の見極めの緩さに加えて、「デジタル」らしい案件の存在は、企業における投資判断の優先順位付けを誤らせかねないので留意が必要である。例えば、この"店内カメラソリューション"に関心を持つ食品スーパーのような小売業において、利益を大きく損ねている本質的な課題は売上の約5%にも相当する「廃棄ロス・値下げロスの多さ」であり、「顧客動線が把握できていないこと」ではないとしても、往々にして目新しい案件への投資検討が優先されてしまいがちである。まさに手段が目的化してしまうのである。(図表2)

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出所:平成30年スーパーマーケット年次統計調査