2.テクノロジー神話の壁

 続く2つ目の壁は、「テクノロジー神話の壁」である。

 これは、1つ目の壁である「ビジネスインパクト見極めの壁」を克服し、経営起点での正しい課題設定がなされた後にも、多くの企業が直面する壁であり、「AIという言葉に代表される最新のテクノロジーさえ取り入れれば、何もせずとも最適化がなされ、人いらずで、効果が自動的に得られ続ける」というようなテクノロジー神話とも言うべき誤解に起因するものである。

 これを調理に例えると、調理器具(テクノロジー)さえ良ければ、美味しい料理(結果)が得られると誤解しているようなものである。無論、実際には、素材(データ)とシェフ(データサイエンティスト)も調理器具(テクノロジー)と同様に料理の美味しさ(結果)に大きく影響を及ぼすものであり、企業のデジタル化においても、より良い結果を得るには、データ、テクノロジー、データサイエンティストの3つの要素全てが三位一体で高い次元で組み合わされることが必須となる。特にテクノロジー神話盲信の企業においては、補完関係であるべきテクノロジーとデータサイエンティストを代替的なものと誤って捉えてしまい、最新のテクノロジーを導入したはいいが、それを使いこなすデータサイエンティスト不在で、期待する効果が得られない事態に直面することとなる。

 また、3つの要素のうち、もっとも軽視されがちなのがインプットとなる“データ”の重要性である。前述の例を用いると、廃棄ロス・値下げロス削減のビジネスインパクトの大きさに着目できて、いざデジタル化でのロス削減検討に取り組もうとしたところ、分析のインプットとなる廃棄や仕入に関する実績データが分析に必要なレベルで体系的に管理されていないことが往々にしてある。

 中長期的にはシステム改修によって必要なインプットデータを体系的に取得可能とするのが望ましいが、そのシステム改修を待たねば大きなビジネスインパクトが得られないというのではもったいない。この局面において、データサイエンティストには、整えられたデータを最新のテクノロジーを駆使して分析の実行を担う役割に加えて、企業内に散在するデータを泥臭く解析し組み合わせて、インプットデータを組成する役割も求められる。

 特に新規性も高く、効果創出に不確実性を伴うことも多いデジタル領域への投資においては、鶏と卵であるが、効果の片鱗でも実証せねば大きな投資を要するシステム改修に踏み込めないことも多いので、断片的かつ散在しているとしても、現状取得可能なデータを最大限に組み合わせて、分析・効果検証の起点となるインプットデータを組成することの重要性が高くなる。

3.仕組み化の壁

 続く、最後の壁が「仕組み化の壁」である。

 これは「デジタル」が「IT」の延長と捉えられがちなことから、IT部門がデジタル化の音頭を取るケースが多いことに端を発するものである。ITとデジタルでは、そもそもの考え方が大きく異なるため、デジタル化を推進するための仕組みは、IT化の仕組みとは切り分けて考えるべきでものである。

 ITは、仕様をきちんと策定し、その仕様通りにウォーターフォール型で順を追ってシステムを作り上げていくものであり、仕様に対して100点の品質が求められる性格が強い。その一方、デジタルは、クイックに立ち上げ、経営効果への可能性を見極めながら存続可否を判断し、トライアンドエラーを繰り返しながら精度と完成度を高めていくというアジャイル型の性格を持つ。

 このITとデジタルの性格の違いを考慮せずに、従来のITの考え方の延長でデジタル化に取り組むと、ともすると、青い鳥を永遠に求めて、実証実験の段階から抜けられないことになってしまう。例えば、小売業の利益を左右する在庫コントロールにおいて、店舗におけるそれぞれの商品の需要の予測は重要であるし、もちろん予測の精度は100%に近いに越したことはない。とは言え、現実世界において100%の予測は不可能であるし、経営の文脈で問うべきは、その新しいデジタルの取り組みによって、現状と比較してどれだけの経営効果の改善が見込まれ、それが投資に値するかどうかである。それにも関わらず、従来のITの考え方では、大げさに言えば、「精度100%を目指す需要予測」が検討の仕様として設定されてしまい、実証実験が延々と続き、効果の刈り取りに踏み出せないことになってしまう。

 また、利益創出を実現するデジタル化においては、ビジネス部門が担う業務やルールにも踏み込む必要があるが、IT部門主導とした場合、ビジネス部門を巻き込んだオペレーティングモデル改革へと取り組みを昇華させることは極めて難しいだろう。例えば、上述の例に関するテーマとして、「店舗の需要予測と連動した物流センターからの多頻度配送」を目指す場合、物流部門や店舗運営部門を巻き込んで業務・ルールの見直しに踏み込まねば、最新のデジタルテクノロジーを組み込んだシステムの刷新に留まってしまい、利益創出は限定的となってしまう。