「デジタルトランスフォーメーション(DX)」の重要性について異論の余地はない。しかし、DXの必要性を説いた経済産業省レポートで示された「2025年の崖」を克服するための対策となると、その実施状況は低い。二の足を踏む企業に対し、「最も成功しているビジネスからDXに着手すべき」というのは、日本マイクロソフトの鈴木貴雄氏(サービス事業 デジタルアドバイザリーサービス本部 本部長)だ。年間約40社へのDX提案や導入を手がける鈴木氏に、ダイヤモンド・オンライン会員へのアンケート結果からうかがえる課題とそれに対する助言をいただいた。
ビジョンは浸透しているか? 経営者と現場との間にギャップあり

サービス事業本部 デジタルアドバイザリーサービス本部
本部長 鈴木 貴雄氏
ダイヤモンド社では2019年11月、ダイヤモンド・オンラインの会員を対象に“2025年の崖”問題への対策についてアンケート調査を行った。その結果、対策に着手しているのはわずか24%であることが分かった。「76%が有効な手を打てていない。すぐにでもスタートしないと間に合わない」と鈴木氏は警鐘を鳴らす。
対策が遅れているという現実だけではなく、経営者と現場の推進者の間に認識ギャップがあることも明らかになった――例えば、「経営戦略・ビジョンの提示がどのぐらいなされているか」について、経営者は「提示がされており、社内に浸透している」と感じている比率が高いのに対し、課長職以上などそれ以外の人は「一部では提示されている」「全く提示されていない」が高い。「ビジョンを立てていないことも課題だが、ビジョンや戦略があるにもかかわらずDX未着手への危機意識が低く、それが現場に浸透していないことが、成功へのボトルネックになっているのではないか」と鈴木氏は見る。

マイクロソフトのデジタルアドバイザーは世界に約450人おり、日々企業のDX戦略やビジネス変革を経営者層および事業責任者、IT責任者と共に進めている。鈴木氏が率いる日本のチームは15人、自動車、製造、金融、流通などの各インダストリーにおける世界最先端のDXノウハウを基に、ビジネスとテクノロジーの両方に精通したアドバイザリーができる人材をそろえているのが特徴だ。「ビジネスの課題をどうやってテクノロジーで解決するかを助言する。戦略を立て、それを実行する上で、なぜ実行しなければならないのか?(Why)、何に対して実行するのか?(What)、いつ誰がどのように実行するのか?(When, Who and How)を考え、お客様のビジネス成功を一緒に実現していく」(鈴木氏)。計画立案から実施まで数年がかりで共に進める”デジタルテクノロジー・パートナー”という点で、戦略立案の部分だけを担うコンサルとは一線を画す。
第一歩となるビジョン策定に当たっては、「“会社をどんな風に変える”とか“こんな会社になる”といった夢のあるビジョンを描く、もしくは“このままだとこの会社は無くなる”という危機感を示す必要がある」と鈴木氏は助言する。マイクロソフトでは、お客様のステークホルダー全員を巻き込み、デザイン思考等を活用しデジタルアドバイザーによるファシリテーションを通じて、単にビジョンを文章化するだけではなく、ときにはデモンストレーターがイラストや動画などを使い、デジタル時代における新たなビジョンを社内外に分かりやすく示し、強い共感を得るための手伝いをする。
調査では「自社のIT資産の現状を分析・評価できている」と回答した比率はわずか27%、ほぼ4分の3が把握できていないことになる。「現状(“as is”)なしには、あるべき姿(“to be“)やどのようにして到達するのか(“how to reach“)は描けません。ビジョンを実現するための道筋が分からない状況です」(鈴木氏)。そのような場合は、マイクロソフトが開発した、企業におけるデジタル活用の成熟度を細かく評価する手法「デジタルマチュリティモデル」を用いて「自社の現状とあるべき姿への道筋を確認したり、業界平均と比較したりする」こともできる。

デジタル化とデジタルトランスフォーメーション(DX)の違い
多数のDXの取り組みに関わってきた鈴木氏はここで重要な指摘をする。「そもそも、DXをデジタル化(デジタライゼーション)と勘違いしている人が多い。例えばAIやRPAを使って業務を自動化する企業は多いが、ツール先行で導入しても部分最適化にとどまってしまうことが多い」(鈴木氏)。
「真のDXとはデジタルテクノロジーを活用して自社のビジネスモデルを変えることで自社の強みをさらに磨き、厳しい競争社会を生き残り、持続的成長を続けるための事業改革である」(鈴木氏)と考えると、ツール導入だけでDXが進むはずがない。部分最適化の場合、売り上げ、利益、顧客満足などの経営指標はそれほど改善しないため経営者は効果を実感できず、PoCで立ち消えになるなど予算も打ち切りとなりかねない。実際、アンケートでも対策に着手している企業のうち実施レベルに満足しているとの回答は14%にとどまったが、「(部分最適化では)現場は満足しても経営者の実感は得られにくい。経営者の満足度が低い背景にはこのような実態があるのでは」と鈴木氏は分析する。

マイクロソフトではDXを進めるために、約半年をかけてビジョン作成から実行計画立案、それを実現するまでの3~5年プランを立て、それをアジャイルで回していく。「DXはウォーターフォールでは失敗リスクが大きい。アジャイルの方が失敗のリスクは少なく、時間も短縮できることをマイクロソフト自社およびお客様の事例を基に説明し、理解していただいている」と鈴木氏。長期ビジョンを保持しつつ、価値を生み出す実用最小限度の製品“MVP(Minimum Viable Products)”を示しながらアジャイル開発を進めていく。これによって、経営層と現場の両方がDXの成果を感じながら進めることができるという。