いまの状況を2002~03年のSARS(重症急性呼吸器症候群)の流行と比較する議論がよく見られる。だが、この比較は危険である。

 SARSのときは、世界の金融市場への影響はごくわずかで済んだが、それ以降、今日までの間に世界経済のエコシステムにおける中国の重要性は大きく高まっている。その18年間に、世界の貿易に占める中国の割合は2倍以上に増加した。中国への依存度が大きい産業も増えている。

 SARSの流行は、2002年に中国・広東省で始まり、翌2003年に8000人を超す感染者を出した。この年、中国が世界のGDPに占める割合は4.31%にすぎなかった。それに対し、新型コロナウイルス感染症への感染が確認された人は、本稿執筆時点ですでに8万人を突破している。中国が世界のGDPに占める割合も、約16%(SARSのときの約4倍)に増えている。

 もう一つ見過ごせないのは、サプライチェーン関連のコストを削減する必要に迫られて、企業がリーン生産方式や生産拠点の国外移転、国外へのアウトソーシングに取り組んできたことだ。その結果、サプライチェーンが混乱を来すと、部品不足によりたちまち生産が停止するようになった。

 大多数のグローバル企業は、アジアでの出来事が自社にとってどのくらい大きなリスクになるかを、まったく理解していない。自社が直接取引している部品業者に部品を供給している会社の所在地をすべて把握している企業は、ほとんど、ことによるとまったくないからだ。

 中国政府は人口の半分近くに何らかの移動制限を課すなどして、輸送活動と生産活動への悪影響を抑え込もうと努めてきた。それでも、新型コロナウイルス感染症が中国の製造業に及ぼす影響は、SARSの少なくとも10倍以上になると考えてよいだろう。

 2002~03年のSARS流行、2010年3月のアイスランドの火山噴火、2011年3月の日本の東日本大震災、2011年8月のタイの大洪水などの出来事を経験して、企業は手元に置いておく在庫を増やすようになった。それでも、たいていは15~30日程度の在庫しか持っていない。ただし、もしかすると、中国の旧正月休暇に対応するために、在庫をさらに1週間分程度増やしていた会社もあるかもしれない。

 こうした点を考えると、ほとんどの企業は、新しい部品が入ってこなくなっても2~5週間くらいは対処できるだろう(具体的な期間は、それぞれの会社のサプライチェーン戦略によって異なる)。しかし、部品の供給がそれ以上長期にわたって滞れば、生産活動が停止することになる。

 この問題には、部品の納品までにかかる期間の長さも影響する。中国から海路で米国や欧州まで部品を運ぶには、平均して30日かかる。したがって、1月25日の旧正月休暇入り前に中国の工場が停止していれば、欧米に最後の部品が届くのは2月の最終週ということになる。

 以上の点を前提に考えると、3月半ばに米国と欧州で工場の一時閉鎖が急増すると思われる。