新型コロナウイルス感染症により、大半の企業が収益に打撃を被ることは間違いない。多くの企業は、コストの削減に乗り出すだろう。特に、社員の解雇を行う企業が出てきそうだ。しかし、そのような措置は近視眼的なものと言わざるをえない。

 私がカールソン・ワゴンリー・トラベルのCEOを務めていたとき、世界金融危機後の大不況により、ドイツ事業が大打撃を受けた。景気悪化により企業が出張を減らし、私たちの会社のサービスへの需要も落ち込んだのだ。

 法人向けの出張ビジネスでは、複数の訪問地を回る旅行の手配や複雑な航空料金制度への対応に長けた専門的なスタッフと、そうしたスタッフと得意先の関係が重要な意味を持つ。

 このとき、多くの国では解雇が行われたが、私たちはドイツの労働法制の下、勤務時間を減らして全員の雇用を守った。需要が戻るまでにどれくらい時間が掛かるかは予測がつかなかったが、社員を解雇しないことが最優先だという認識を持っていたのである。

 この方針を貫いたおかげで、出張需要が回復したとき、私たちはすぐに対応できた。人材不足が足枷になることは避けられたのだ。

 感染症の世界的大流行は恐ろしい現象だが、感染症という性格上、この状況が永遠に続くわけではない。私が話したリーダーたちの中には、この点を理解していて、社員の解雇を思いとどまり、一時的な減給、勤務時間の短縮、自宅待機を選択している人たちもいる。そうした方針を採用するリーダーが、もっと増えてほしいと思う。

 リーダーシップを発揮して、顧客を大切にする姿勢を打ち出している企業もある。たとえば、スーパーマーケットや薬局など、一部の小売業者は、市民に必需品を供給するために営業を継続している。店内の消毒の徹底、営業時間の短縮、高齢者などの弱者優先の利用時間帯の確保、同時に入店する人数の制限などの対策を講じている業者も多い。

 一方、アップル、ナイキ、ラルフローレンなどは、一時的に店舗を休業している。感染拡大抑制と消費者の利便性の間で適切なバランスを見出すことは、至難の業だ。状況が変化するのに伴い、どのようなバランスの取り方が好ましいかも、随時見直されていくだろう。

 納入業者に気を配る企業が登場しているというニュースにも勇気づけられる。経営基盤のとりわけ弱い取引先を支援し始めた企業もある。たとえば、アマゾンは500万ドルの予算を確保して、本社近隣の中小企業の支援に乗り出した。

 また、主要な納入業者の状況を緊密にモニタリングし始めた企業もある。事業の継続が危ぶまれる業者があれば、支援も視野に入れているのだ。

 自社が事業を行う地域コミュニティ全般を支援するために、動き始めている企業もある。

 医薬品大手ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)の中国部門は、感染流行への対応に追われているさまざまな団体に、資金や医薬品、防護具などを提供した。ビデオ会議システムのズームは、全米の教育機関(高校まで)が自社のサービスを無料で利用できるようにした。

 高級ブランド大手のモエヘネシー・ルイ・ヴィトン(LVMH)は、傘下の香水・化粧品工場(クリスチャンディオール、ゲラン、ジバンシィの3ブランド)で手指用消毒剤を量産し、フランスの公的医療機関に無償で提供することにした。

 こうした実例は、2019年8月にビジネス・ラウンドテーブルが発表した声明の妥当性を裏づけ、すべてのステークホルダーを大切にすることの重要性を浮き彫りにするものと言える。