考え直すときがきている。国や雇用者の支援が必要だ

 安定雇用が見込めなくなっている米国、そして世界が、新型コロナウイルス感染症(Covid-19)の影響による失業の波に備える中、社会的動物としてのみずからの価値を判断するうえで、自分が雇用されているかどうかに重きを置きすぎることは考え直されるべきだ。

 倫理的価値と雇用の有無を切り離すには文化的なシフトが必要であり、それは社会政治的な媒介によって可能である。

 たとえば、政策レベルではよく失業手当が主要な論点になるが、その利用に際して、倫理と雇用を同一視することによるスティグマ(負の烙印)が生じる。その点で、有職か無職かに関係なく最低限の生活を保障する給付を行うユニバーサル・ベーシック・インカム(UBI)が、職と倫理的価値のつながりを最小化する一歩になるかもしれない。

 国としても、男女のどちらもが労働者としてだけでなく、親、きょうだい、子ども、おば、おじ、友人、メンターなど、多様な社会的役割を担えるようなジェンダー平等に取り組むべきだ。

 それを実現する方法の一つには、北欧諸国ですでに行われているように、育児を仕事と見なすことがある。スウェーデンでは、約15ヵ月間の有給の育児休暇が両親に認められ、最大で給与の80%が国から支払われる(上限付き)。また、子どもが満1歳を迎えると同時に、公的な保育制度を受ける権利が保証されている。育児義務を念頭に置いた社会政策への投資によって、男女ともに、給与が支払われる仕事以外の役割に誇りとやりがいを感じられるようになる。

 雇用者にも果たすべき役割がある。たとえば従業員に対して、常時対応可能であることや顔を突き合わせること、仕事への一途な献身を求めるといった統制を緩める。在宅勤務やフレックスタイムといった柔軟な働き方をきちんと導入し、従業員が自分のキャリアを危険にさらすことなく、安心してそうした制度を利用できることを保証する。

 雇用者は、従業員の仕事以外の責任に配慮するだけで、労働文化を改革するという重要な役割を担うことができる。

 以上のステップを合わせて実施することで、すべての親が仕事以外の役割を、これまで以上に果たせるようになる。ウィリアムは、プールで当たり前に受け入れられる。子育てをする父親という存在が、珍しいものではなくなるからだ。

 私がインタビューしたトッド、ウィリアム、ドリス、ロバート、ダーリーン他のプロフェッショナルたちはその後、新しい職に就いた。厚遇で正社員になった人もいれば、パートタイムで働いている人もいる。職探しに嫌気がさし、自分でコンサルティング会社を始めた人もいる。

 仕事での山谷の間にも人生があった。親を亡くしたり、離婚したりした人。亡くなった人も一人いた。再び失業した人もいる。

 そこには明らかな教訓があった。一流企業の高給の仕事でも、もはや頼りにはできないのだ。

 そうであるならば、その気まぐれな友人に自分の精神的・感情的な幸福を丸ごと賭けることは、どれだけ理にかなった行為なのだろうか。


HBR.org原文:When Losing Your Job Feels Like Losing Your Self, April 21, 2020.


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