もちろん政府は、ワクチンや治療薬の開発、検査と接触者追跡の体制の確立など、起死回生のアプローチを支援し続けるべきだ。しかし、既知のささやかな対策の積み重ねが大きな効果を生む可能性があることも忘れてはならない。

 そうした対策の大半は、念入りな手洗いなど、すでに推奨されているものだ。その一つひとつがもたらす違いは大きくないだろう。それでも、いくつもの対策を徹底して行えば、大きな効果が生まれて、早期に経済と社会の機能を取り戻せるかもしれない。

 いま官民のリーダーが取り組むべき主たる課題は、市民や企業、政府機関の大多数が、こうした小さな対策を実践するよう促すことだ。

 たとえば、清掃を徹底することにより、公共交通機関や商業施設、トイレなどの公共スペースの衛生を大幅に改善してはどうか。ニューヨーク市は最近、鉄道車両やバスを毎晩清掃する方針を発表した(これまでは3日に1回の清掃だった)。これをさらに、8時間に1回や、4時間に1回にしてはどうだろう。

 あるいは、病気を我慢して出勤することが職場で評価されず、むしろ顰蹙(ひんしゅく)を買うように変えていったらどうか。

 職場や学校でリモート勤務やオンライン教育を増やしたり、分散出勤や分散登校を増やしたりするなどの工夫をして、社員や生徒が密になる度合いを減らしてはどうか。これが実現すれば、公共交通機関の混雑も緩和されるだろう。

 また、公の場でマスクを着用することを、新しい社会的ルールにしてもよいだろう。検査の実施能力を(劇的にというより)地道に少しずつでも高めていくこともできる。

 それに、専用のスマートフォンアプリを利用して(たとえ不完全であっても)「ホットスポット(感染拡大地)」を避ける人がもっと増えれば、好ましい効果が期待できるだろう。

 以上のことだけを実行しろとか、これだけが正しい対策だと言うつもりはない。公衆衛生専門家は、これ以外にも、感染率を少しずつ引き下げるのに役立つささやかな対策を、さらにいくつも提案できるに違いない。

 私が言いたいのは、新型コロナウイルス危機を大幅に和らげるには、少数の「大きな対策」を追求するより、多数の「小さな対策」を考えたほうがよいということだ。