スタートアップ企業で働く人たちは、長時間労働、安い給料、不確実性の高い状況、頻繁な失敗に耐えながら仕事をしている場合が多い。そして、実行すべき課題があれば、大概の場合は、その課題をやり遂げるための努力を惜しまない。

 そのようなことが可能なのは、自分たちが目指す目標に深くのめり込んでいて、成功したいという強烈なモチベーションを抱いているからだ。しかし、このフェーズはエキサイティングではあるかもしれないが、いつか終わりが来る。

 混沌の日々を送っていたスタートアップ企業は、やがて2つの道のいずれかを通ってその状態を脱する。1つの道は、成功の方程式を見つけられないまま、経済的・人的資源が尽きてしまうパターン。もう1つは、フェーズ2への移行に成功し、規律と秩序のある日々を送るようになるパターンだ。

 新型コロナウイルス感染症治療の最前線にいる医療従事者たちは、フェーズ1のような状態にある。スタートアップ企業さながらの混沌と過重労働の日々を送っているのだ。

 医療現場もスタートアップ企業と同様、フェーズ1からフェーズ2へ移行する方法を模索する必要がある。どれほど難しく見えたとしても、それを避けて通ることはできない。

 持続不可能なほど大量の業務に追われて、常に激しい混乱状態の中で過ごす段階には、終止符を打つべきだ。持続可能な形で業務を継続できる段階へと移行し、新型コロナウイルス感染症以外の患者も治療できる体制を築く必要がある。そのためには、ひっきりなしに即興で行動し続けなくても済む仕組みをつくらなくてはならない。

 問題は、どうすればそれが可能なのかを、医療機関がまだ見出せていないことだ。目下の状況は過去に例がなく、ルールブックや教則本はどこにも存在しない。医療分野のリーダーたちは、互いに手を携えて、試行錯誤を重ねながら、その方法を見つけなくてはならない。

 スタートアップ企業の場合は、以下のプロセスを経て、長く存続できる企業へと変貌を遂げる。

(1)精力的に、そして手広く実験を行い、どのような方法が有効で、どのように業務を合理化し、改善すればうまくいくかを模索する。

(2)失敗と成功の経験を素早く共有し合うことを通じて、同じ失敗を繰り返すことによる無駄を避けつつ、成功した取り組みを普及させることを目指す。

(3)うまくいったやり方を記録し、それを正式に採用することにより、その方法論の採用を加速させる。

 フェーズ2では一般的に、業務を体系化し、その場その場での判断が要求されるケースを最小限まで減らす必要がある。そして、徹底した学習を通じて、効率と質を両立させなくてはならない。

 それを実践するうえで最も大きな障害は、「そんなことはできっこない」という思い込みである場合が多い。医療現場は、そうした思い込みの影響を特に受けやすい。臨床医は、自分が専門家として判断を下すことを大切にし、マニュアル化に抵抗感を抱く人が多いからだ。