だが、医療の世界は、業務の体系化に成功した経験が過去にある。
20年ほど前、有力医療機関を中心に、診療手順の標準化が行われ始めた。多忙を極める臨床医が診療上の重要なステップを見落とさないようにすることが目的だ(この取り組みを主導してきたのが、非営利病院運営機関のインターマウンテン・ヘルスケアである)。
現在のコロナ禍でも、新しい手順を標準化することによって、現場が即興で判断したり、英雄的な行動を取ったりする必要をなくすことが重要だ。
感染症が流行しているときに医療機関が取り組む実験は、ビジネス界の場合と異なり、一つひとつの組織単位で行うべきではない。業務を適切に割り振り、プロセスを合理化し、混乱を減らす方法を模索するために、世界各国の多様なチームが同時並行で実験を行うほうが、好ましい結果につながりやすい(ただし、実験の結果を互いに共有することが大前提だ)。
こうしたアプローチを実践すれば、新しいアイデアの発見にいたるスピードが速まる。ただし、そのアイデアを検証し、広く普及させるためには、慎重な調整を怠ってはならない。
実験はすでに行われている。たとえば、一人ひとりの患者の状態に応じて、自宅待機を指示したり、適切な医療機関に誘導したりするために、人工知能(AI)を導入している医療機関がある。ボストンのパートナーズ・ヘルスケアなど多くの医療機関では、高度な訓練を受けた看護師が電話で対応する体制を用意するのではなく、双方向型の音声応答システムやチャットボットにより、患者自身の適切な判断を促す手法を実験している。
ほかにも、ボストンのいくつかの病院は、これまで医師が行っていた単純作業をロボットに担わせたり、可能な範囲で遠隔医療を拡大させたりしている。ボストンのベッツィ・リーマン・センターは、新型コロナウイルス感染症の治療に携わる医療従事者が、さまざまな段階で同僚たちと状況確認を行うための新しい指針(「医療シミュレーション・センター」が開発したもの)を採用している。
業務量の増大に長期間対応し続けられるようにするために、現役を退いた人たちを呼び戻したり、医学生を1学期早く実務に就かせたりして、医療従事者の数を増やす試みも行われている。また、患者の増減に対して迅速に対応できるように、デザイン会社の協力を得て、医療行為用ではないスペースを医療行為用に素早く転換する体制を整えている医療機関もある。
このような取り組みでは、新たに試してみるシステムやプロセスについて詳しく記録することが重要だ。将来、同様のシステムやプロセスを再びゼロから発明せずに済むようにするために、記録を怠ってはならない。
実験の成果を広く知らしめることは、(完璧なシステムとは言えないまでも)十分に役立つシステムを早期に普及させるうえで非常に重要である。実際、いくつかの有力な組織は、そのような成果の共有を行っている。
「医療の質改善研究所」は、まだ業務量が限界に達していない医療機関が新型コロナウイルス感染症の治療体制を増強するための手引きを発表した。米国のこども病院の連合体は、小児科病床を大人の新型コロナウイルス患者用病棟に転用する際の指針を示している。
ニューヨーク州のアンドリュー・クオモ知事は、コロナ禍でのニューヨークの過酷な経験を教訓に、将来の感染症にもっと迅速に対処できるようにしたいと述べている。米国立衛生研究所(NIH)は、医療・保健に関わる政府機関と製薬会社のリーダーを集めて、治療法とワクチンの開発に向けた協調を加速させようとしている。
新しいやり方を体系的に普及させ、同じ解決策を世界中で別々にゼロから発明するという無駄を避けるためには、このように組織の垣根を越えて協力することが最も有効な方法である。