今日、ワイクの論文が画期的だと見られているのは、単に社会や組織の改善法について直観に反した戦略を提示しているからだけでなく、その戦略が人間の心理に対する深い洞察に基づいて構築されているからだ(論文は学術誌『アメリカン・サイコロジスト』に掲載された)。
「行動を駆り立てるために問題の規模が拡大されると、フラストレーション、覚醒、無力感などが促され、思考と行動の質が低下する」とワイクは主張する。
ワイクによれば、人とチームにとっての課題は、「ストレス」と「忍耐力」の間の緊張をコントロールすることである。会社を変革したり、コミュニティを改善したりしようとすると、ストレスを生み、それがコミットメント、行動、そしてワイクが言うところの「覚醒」につながる。
だが、どんなものも過剰であることは好ましくない。「強く覚醒した人々は、新しい対応を身につけ、アイデアを出し、集中し、古いものに抵抗することが困難だ」
しかし、ワイクによると、適度なストレス、つまり小さな勝利を求めることで生じるストレスのレベルは、リーダーと周囲の人たちが「想像力、知識、スキル、選択」を活用できる心理的な忍耐力を生み出す。
米国ヘルスケア改善協会(IHI)の共同設立者であり、複雑な分野でポジティブな変化を起こすことに関する世界的権威のドナルド・バーウィックは、ストレスと忍耐力に関するワイクの洞察に、独自の解釈を加えている。
医療分野のチェンジ・エージェント(変革を推進する人)の役割は、同僚に「衝撃を与える」一方で、彼らを「感電させない」ように注意することだとバーウィックは指摘する。つまり、失敗や失望に直面した際に、同僚の意思を排除することなく、前進するよう駆り立てるのだ。
著名なビデオゲーム開発者でベンチャーキャピタリストのビング・ゴードンも、重大なテクノロジーの課題について同様の主張をしている。ゴードンはそれを「小規模化(smallifying)」と呼ぶ。
ゴードンがCTO(最高技術責任者)を務めていたエレクトロニック・アーツでは、複雑で長期的なプロジェクトに取り組むチームは、「効率が悪く、不必要な選択をしていた」と、ピーター・シムズは著書『小さく賭けろ!』で述べている。「しかし、タスクが解決すべき特定の問題に分割され、管理でき、1~2週間以内に対処できるようになると、開発者はより創造的かつ効率的になった」
小さな勝利の上に構築された変革イニシアチブには、利点がもう一つある。よくあるように状況が悪くなっても、失敗がもたらすのは破滅的な挫折ではなく、ささやかな失望で済むのだ。
デューク大学のシム B. シトキン教授は、ワイクが小さな勝利の力を提唱してから8年後に発表した論文でワイクに賛同し、「小さな損失の戦略」を主張した。
大きく考えすぎて拙速に行動しようとするリーダーの問題は、一般社員も誤りやミスの可能性を認識し、物事がうまくいかなかったときの利害を理解していることだと、シトキンは指摘する。すると自分たちが選択しなかった果敢な行動の結果に苦しむことが少ないことから、行動して失敗するのではなく、行動しないという失敗をしがちだ。
組織や社会には「内在するリスクの非対称性」があるとシトキンは言う。「リスクを取ることによって生じる問題は、しばしば処罰につながる」一方で、「リスクのある行動を回避することで生じる問題は、個人をたどることがめったになく、処罰につながることはあまりない」。
シトキンいわく、変化のより持続的なモデルとなるのは、「知的な失敗」をする機会を受け入れることだ。知的な失敗とは、「予測不可能な不確実性を事前に見つけるための少しの経験」を提供する、誤りやミスを指す。
この議論は、人を動かし、イノベーションを促進する情熱やコミットメント、真剣さという感情を否定するものではない。スタンフォード大学でリーダーシップと変革を研究したジョン・ガードナーは、こう述べている。
「社会や組織の刷新は、人が関心を持たなければ進めることができない。男女を問わず、無関心な人は何も成し遂げない。何も信じない者は、何もよい方向に進めることはできないのだ」
だが、真剣に関心を持つことと向こう見ずに行動することは異なり、差し迫った問題に直面することと愚かなリスクを負うことも異なる。この大きな危機の中で、リーダーたちは小さな勝利の力を重視することをみずからに許容すべきだ。
HBR.org原文:To Solve Big Problems, Look for Small Wins, June 05, 2020.
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