筆者らは最近、光栄にも、ある欧州企業の調達部門の幹部たちに向けて、こうした話をする機会があった。

 その部署は毎年、さまざまな国のきわめて多くの業者から莫大な金額のサービスと物品を購入している。そこで、納入業者システムの見直しについて助言を求めてきたのだ。筆者たちはその求めに応じて、その部署の人たちと一緒に戦略ワークショップを行った。

 このワークショップでは、戦略的調達を土台にして新しい価値創造システムを設計・運用してきた組織についてのケーススタディを検討した。ワークショップを行ったのは、コロナ禍が拡大していた時期だった。そのため参加者は、ポスト・コロナ時代に自分たちが同様のシステムを築くにはどうすればよいかも検討した。

 以下では、ワークショップで取り上げたケーススタディのうちの2つを簡単に紹介する。いずれも、どのように戦略的調達を実践すればよいかというヒントがたくさん詰まっている。

 ●ロールス・ロイス

 1990年代前半、航空機推進技術の市場でまだ小さな存在にすぎなかったロールス・ロイスは、きわめて古いタイプのサプライチェーンを構築していた。その頃に、同社は業界の価値創造の枠組みを大きく変えたいと思うようになった。

 出発点は、きわめて基本的な発見だった。旧来型のサプライチェーンのままでは、顧客や納入業者との間で「利ざやの奪い合い」を永遠に続ける羽目になると気づいたのだ。そのような戦いを続ければ、多くのアクターはどうしても「勝つか負けるか」という状況に追い込まれる。市場での立場が弱いアクターは、とりわけ苦しい立場に立たされやすい。

 こうした状況で、ロールス・ロイスは効率に重きを置くのではなく、さまざまなステークホルダーとの長期的な関係をマネジメントすることに力を入れる方針に転換した。

 よく知られているように、この方針の下、ロールス・ロイスは航空会社に対して、1時間当たりのエンジン出力を基準とする料金体系を提案した。この契約では、航空会社はエンジンと交換部品を購入するだけでなく、航空機推進能力に金を払う。ロールス・ロイスは、製品よりサービスを売るモデルに転換したのである。この選択により、同社はたちまち業界トップに躍り出た。

 この新しい方針は大きな話題を呼んだ。しかし、あまり知られていないこともある。ロールス・ロイスはこのとき、新しい試みを成功させるために、航空会社、修理工場、システムと部品の生産者、金融機関、さらには国家などとの間に、調達に関して強固なネットワークをつくり上げたのだ。

 そのネットワークを構成する個々のアクターに対して、それぞれの既存の能力と将来の野望に合わせた提案を行うことも多かった。最大の努力を払ったのは、エンジンの設計から廃棄までのプロセス全体を通じて、さまざまな価値を最大化し、異なる価値の間の折り合いをつけることだった。

 ステークホルダーの間でやり取りされる最も重要なものは、金やハードウェアではなく、データだった。そのおかげで、リスクの共有、価値の共創、報酬の共有が実現した。その結果として、レジリエンスの高い価値星座を生み出すことができた。すべてのステークホルダーが、その恩恵を受けた。

 このケーススタディから学ぶべき教訓は多い。たとえば、以下のような教訓を引き出すことができる。

・「何を売るか」(製品を売るか、サービスを売るか)は、当然に決まるものではなく、戦略的設計によって決まる。

・金銭的な損得だけでなく、共通価値を土台にして長期的なビジネス上の関係を築くことができれば、取引上の効率だけを土台にした関係よりもレジリエンスが強まる。

・ビジネス上の関係を長期的でレジリエンスがあるものにするには、意識的な設計が不可欠だ。その設計の核を成すのは、主たる提案(たとえば、1時間当たりのエンジン出力を基準とする料金体系)と、その提案を支えるための(顧客と納入業者への)提案のネットワークだ。

・提案する製品やサービスを設計する際は、さまざまな要素をいったんバラバラにして、改めて組み立て直さなくてはならない。それをどのように組み立てて、ほかの提案との間にどのような関係をつくり上げるかは、レジリエンスのある関係を築くうえできわめて重要な要素だ。ロールス・ロイスがやったことは、まさにそうしたことだった。同社は、新たに生み出そうとしていた価値星座に合わせて、エンジンの設計、製造、サービスを組み立て直した。

・レジリエンスのある価値創造システムを設計・構築するには、これまでの取引型の調達業務で要求されるスキルだけでは不十分だ。ロールス・ロイスは、リモート点検を行うことによって長期にわたりエンジンをマネジメントすることに注力した。これを実行するための人的・技術的能力を持っていることは、きわめて重要な意味を持つ。

・そのようなシステムを設計することにより、調達に関する新しい文化を生み出せる。古いモデルと比べると、(一対一の関係よりも)ネットワーク的な関係という面が大きく、(勝つか負けるかという)取引型の性格が弱い。また、より長期的視点に立っていて、(ウィン・ウィンの)協働志向が強い。

・調達業務では、単に製造者と購入者という役割分担を定めたり、保証などによりリスクを共有したりするだけでなく、提案する製品やサービス、研究開発の内容を共同で設計することも行う。