●欧州特許庁

 20世紀末、欧州特許庁は、多くの国際的なITベンダーにとって欧州屈指の大口顧客だった。

 その当時、同庁はITプラットフォームを軸にシステムを構築し、情報共有の基準づくりを主導することにより、重要な価値創造システムを設計した。このシステムのおかげで、世界の知的財産権機関の間の実務的関係が強化され、それぞれの機関内および機関間における特許申請処理のあり方が改善された。

 それと並行して同庁は、同じITプラットフォームと関連の仕組みを活用し、より広く一般市民にも働きかけた。これがやがて、新しい特許情報産業の誕生につながった。

 こうした広い意味で戦略的調達を導入したことにより、欧州特許庁は21世紀はじめまでに、特許弁護士や代理人とオンラインでやり取りするという新しい時代を到来させた。今日、欧州特許庁の価値創造システムは、同庁だけでなく、欧州特許システム全体の戦略と成功の基礎になっている。

 このケーススタディから学ぶべき教訓も多い。

・社会学では、「アクター」とは、なんらかの行動を取り、その行動がほかの人たちの行動に影響を及ぼす人物のことを言う。しかし、戦略立案においては、人間以外も「アクター」と見なせる。この点は、欧州特許庁の事例を見れば明らかだ。同庁は、テクノロジー、法的枠組み、戦略的パートナーシップ、共通の利益といったアクターも考慮に入れて、調達システムを再設計した。

・個々のアクターは、それぞれの論理に従って、異なる振る舞いをする。価値創造システムが一貫性とレジリエンスを持つためには、すべてのアクターの行動を――そして、それらのアクターがつくり出したり、共同で創造したりする多くの価値を――調整しなくてはならない。戦略的調達を実践すれば、それが可能になる。なかでも長期的視点に立つことが重要だ。長期的視点を持てば、1回単位の「取引」だけを考える場合より、ギブ・アンド・テイクを行いやすくなる。

・ある時点でどの価値を重要視すべきかを知ることが、きわめて重要だ。欧州特許庁は、新しい価値創造システムを成功させたいなら、世界の特許システムを円滑で透明性のあるものにしなくてはならないと気づいた。それを共通の価値と位置づけ、その土台の上にほかのステークホルダーが参加しやすくしようと考えたのだ。このアプローチは実を結んだ。

・時に、システムをつくり直したり、まったく新しいシステムをつくり出したりするうえでは、法的契約と、それらの契約を前提にした古いシステムにおける既存の義務が、手ごわい障害になる場合がある。知的財産権の分野では、古い仕組みを新しい仕組みと共存させざるをえない。そこで、テクノロジーが古くなることを前提にして、法的枠組みと戦略的パートナーシップを設計しなくてはならない。

結論

 企業が効率よりもレジリエンスを重んじるようになれば、調達が戦略の中核を占めるようになる。相容れない価値を重んじている人たちの間で折り合いをつけ、外的なショックを持ちこたえ、負担を共有し、力強く成長する――こうしたことを可能にする長期的な価値創造システムを築くうえでは、調達ほど効果的なものはないからだ。

 覚えておいてほしい。レジリエンスの強化が最優先課題の場合は、適切な調達を行うことが正しい戦略の可能性があるのだ。


HBR.org原文:Why Investing in Procurement Makes Organizations More Resilient, June 17, 2020.


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